マフィアの弾丸
(…一度だけ。たった一度の、宵の御遊びで構わないの、)
彼の方々に、お相手にしていただいたと広言する社長令嬢から日本の若手女優、
貴婦人までもが、こぞって一様に口にされている、
・・・・・・床の手管が、
この上なく手練れだった。と。
カーフェイ様のお目に入れても痛くない女性として、このわたくしを拝謁して頂くためには、
アーウェイ様のお目にも留まる女性でいなくてはならない。
そのような暗躍から、逸る心もちを、落ち着かせるべく。
ちいさな深呼吸をした────…、そのときだった。
「…お嬢様、」
竹倉が耳元によせた、取り次ぎと同じくして、こんどは前方でも新たな動きがあった。
大使館や財閥家と話し込んでいらっしゃったアーウェイ様が、いちど半歩ほど席をはずすと、おもむろに────懐からスマートフォンをとりだし、どなたかと通話をしはじめる。
(……誰かしら。会社からかしら?)
たったひと言、二言。
交わし終えたアーウェイ様は、滅多と崩されないその小綺麗な表情を、
・・・・・ほんに────珍しく、苦々しげに崩され、眉間にはみごとな皺を刻んでいらっしゃったご様子。
そうしてすぐに、カーフェイ様へ伝えにいかれるべく歩み寄ると、
なにやら耳打ちをなさった途端、急激に、おふたりの間での空気が変わられた。
そののちアーウェイ様は、そのまま
────会場を颯爽と
出ていかれてしまったのだ────…。
数名の黒服たちを、
背後に、同伴されて。
数多の色めき立った女性たちの、熱烈な視線を、虜にしながら
全く、目にも留めていかれずこのホールに残していかれ。
あっという間に、そのスーツたちの後ろ姿は、会場外へと消えていかれてしまった。
「────ッッ、!」
ハッ!と見送ってしまったわたくしは慌てて我に返り。
ドレスの裾を摘み上げながら、移動していき竹倉に指示を出す。
「玄関に車を回して」
「すでに、そのように」
「行くわよ」
エントランスに停めていた、自家用のメルセデスに竹倉と乗り込むと、遣いの運転手に「追って」と必要な旨だけ伝え、
怪しまれないよう、数台先に走行しているリムジンから一定の距離を置きつつ、追いかけることになったのだった────…。