神獣の花嫁〜いざよいの契り〜
名を支配する者として
一瞬にして詰められた距離。
可依の身体を囲うように、尊臣の両腕が置かれていた。
仰け反らされて初めて気づく体勢に、可依の鼓動が激しく打ち鳴らされる。
梅花の香をはらむ衣が、むせるほど近くあり、己が身を隠す大きな影にのみこまれそうになった。
(ち、近いっ……)
「巫女として今日まで生きて来たろうに、神でなく一介の男にその身を差し出すというのか」
月夜に響く声音は清々しく、からかう文言とは裏腹に可依の心をゆさぶる。
「わ、わたくしはっ……」
「悔やんでも、後の祭りというぞ?」
互いの額が触れそうに間近にあって。真実を射貫く黒い瞳に内面を暴かれそうになる。
ならば先に、と、可依は尊臣の眼をにらむように見上げた。
「悔いるような決断など、致しませぬ」
「そう来るか。……気に入った」
ふっと笑った涼しげな眼が、半ば伏せられる。
崩れ落ちそうになっていた自らの背に、すかさず回された腕に抱き寄せられ、はっとした時にはもう、唇を奪われていた。
「名は?」
「……可依、と……」
慣れないくちづけの合間に問われた自身の名は、その夜、何度も尊臣の口から呼ばれることとなった。