神獣の花嫁〜いざよいの契り〜
壱 予兆──まえぶれ──
深夜の訪(おとな)い
「夢占を行うというのは、お前か」
威丈高な男の声に、可依は面を伏せたまま応える。
「さように、ございます」
声が震えたのは仕方がない。
なぜこの方が自分のような者の元へ夜更けに訪れたのかが解らない。
可依はこの大神社の巫女。
それも霊力の高いとされる覡として重宝される存在だった。
(まさか、この方の『お相手』をしろと?)
荒ら屋に一泊する高貴な御方の慰み者となる村娘のようにか。
あり得ない。それは、あまりにも神を軽視する行いではなかろうか?
仏教の伝来と共に、八百万の神を軽んじる者が増えたことも確か。
だが───。
「では、俺のことも占ってもらおうか」
梅花の香がふわりと舞った。
思わず上げてしまった顔と、かろうじて合う目の高さに、かの御仁が座ったのだ。
萩原虎次郎尊臣。
つい先頃まで国司の地位にあった男。いまは、この領地を治める豪族の当主という肩書きだ。
年の頃は確か三十手前だったはず。
ニ年前、この下総ノ国を襲った震災の折、彼は禍つ神を滅する儀を執り行った。
遠目から、その姿を見たのが最初。
以来、この社の管理を任されるようになった神官長の養父を通じ、挨拶をする程度であった。