孤高の一匹狼さまは私以外をよせつけない
孤高の一匹狼さまは私以外をよせつけない
___1ーA
その文字を見つけると、私・七海沙良(ななみさら)は人混みから抜け出す。
1ーA組だ......!
私がこれからの高校1年生を過ごす場所。
人が多くて、クラスメイトを見ることはできなかったけれど、きっと、いつもどおりうまくいくはず......!
___たとえ、どんなクラスでも私は私どおり過ごすだけだから。


ドキドキしながらクラスの中に入ると、無数の視線が突き刺さり、居心地が悪くなる。
緊張したまま、足早に教卓の前まで行く。
席はどこかな……?
名簿から自分の席を探していると、見つけるよりも先にだれかに話しかけられた。
「おはよ〜沙良!今年も同じクラスじゃん!」
話しかけてきたのは中学校が一緒だった、白花美香(しらはなみか)だ。
「おはよう、美香」
「今年、中学一緒の人、多いよね〜」
「確かにそうだね」
クラスの中に入ったときも思ったが、基本的に知っている人しか見当たらない。
見たことがない他校の生徒もいるけど。
ここ、桃園高校(とうえんこうこう)は県内でも有名な進学高だからだろうか。
「沙良は席どこ?見つけた?」
「ああ、今から探そうと……」
私が言いかけると彼女は名簿を見ながら、うげっと声を出した。
不思議に思っていると美香は顔をくしゃりと歪める。
「えっ……沙良、あいつの隣じゃん」
あいつ?
そう思った私の心を読んだかのように美香は言った。
「氷室奏(ひむろそう)だよ。沙良、知らない?」
「ひむろ、くん?聞いたことないなぁ」
私が言うと、美香は信じられないと言わんばかりに目を見開く。
「嘘!?そんなことあるの?あの有名な氷室奏を知らないなんて!」
美香がそこまでいうほど、彼は有名なのだろうか。
私は聞いたことないけれど……。
「彼は氷室奏。無愛想で孤高の一匹狼。無愛想なくせに顔だけはイケメンで女子の人気を集めていたんだって」
「え、それだけ?だったら、私が知らなくても......」
「いやいや、これだけじゃないんだよ」
無愛想で孤高、イケメン。
私にはわからないが、無愛想なのが逆に引き立てるらしい。
どうやら、その人の一番の仲良しになりたいと思うのだとか。
どちらにしろ、私には一つもわからない。
「これだけじゃない?」
「うん。なんか、氷室、女遊びが激しかったんだって。なんか、三日に一回くらいのペースでとっかえひっかえしてたとか」
「み、三日......!?」
見た目にともわなすぎる性格だ......!
とっかえひっかえにもほどがあると思うけどっ......。
遊ばれた女の子たちが、かわいそうだ。
私はもしかしたら、立ち直れないかもしれない。
「だからね、性格がとても悪いってことで悪目立ちしてたんだよね......」
「そうなんだ......。隣の席かぁ、うまくいくかな」
「気をつけてね。沙良もかわいいから遊ばれちゃうかも」
「かわいい......かはわかんないけど、そうだね、気をつける」
七海沙良、高校初日から、大変なことになってしまいました......。


氷室くんとどれだけ性格が悪いとはいえ、一応仲良くしておこう......!
私はいつもどおり、”みんなと仲が良い私”にならなくちゃならないから。
自分の席に近づくと彼と一瞬目があった。
氷室くんはなんとも思わなかったのか、すぐにそっぽを向いてしまった。
話しかけるのってこんな緊張したっけ......。
きっと彼の噂とかいろいろ、主観的に聞いちゃったからだ......!
私は氷室くんのほうを向いて笑顔をつくった。
「氷室くん、だよね。私、七海沙良って言います。隣だし仲良くしたいなって思って___」
「うるせぇ」
「え?」
「だから、うるせぇって。そういうのいいし。関わる予定ないから」
きっと、私の笑顔は引きつったと思う。
冷たい対応だとは聞いていたけれどこれほどだとは......!
でも、ここでめげたら私の負けだ。
こういうときは”冷たい人にも話しかける根気強い私”にならないと......。
「で、でも、これから同じクラスで関わることも多いと思うし、私は仲良くしたいなって思うし」
「うるせぇって言ってんだろ。ほんと、お前みたいなやつ、嫌いだわ」
ぴしり。
空気が凍ったかと思った。
なんなの、ほんと。
私が頑張ってるの馬鹿みたい。
「......そっか」
私が引き下がったことに驚いたのか、彼は少し、目を見開く。
「は?」
は、じゃないし。もう、朝から最悪なんだけど......。
......私は氷室くん以外の子と仲良くなろう。


「授業は終わりだ」
その声とともに一斉にざわざわしはじめる。
私も今日はなんか、疲れた。
主に原因は隣の人だと思うけどね.......。
とりあえず、中学校が違った子に一通り話しかけることはできたと思う。
きっと、好印象を与えたはずだ。
”みんなに親切で優しい私”にかなり近づいたと思う。
美香を探したけれど、どうやら、もう帰ってしまったようだ。
一人で帰るか......。
桃園高校はいろいろなところから生徒が来ていて、バスで来ている人や、車、地下鉄の人もいる。
私は比較的近い家だから、地下鉄一本だけど。
地下鉄に乗り込み、座ると、隣に誰かが座ってきた。
もう少し右に寄ろう......って隣、氷室くん!?
彼を驚きのあまり見つめたのがばれたのか、氷室くんはこちらを見た。
「あ?なんで、お前......」
......隣が不快なやつですみませんね。
反射神経でのけぞってしまった。
それでも、私には皮肉を思うぐらいの余裕はあったらしい。
「ひ、氷室くん。さっきぶりだね」
「......」
......完全無視ですか。
まぁ、いいけどね.......。
さっきから氷室くんに一人で振り回されている感じがする。
もう、いいやっ関わんないでおこう。
面倒事に関わって私の評価が落ちても嫌だし。
よし、そうしよう。
「......お前、こっちの家なのか?」
そう問いかけられてびっくりして彼のほうを向いてみれば、顔の近くに迫る美貌。
「な、ななな何?こっちの家だけど......?」
声が上ずって変ではないか心配になる。
なんで、こんな近いわけ......!?
私のこと、嫌いなんじゃないの?
「ふーん」
き、聞いてきてなに、その返し......。
意味わからないんだけど......。
きっと、彼と私の考えがまじわることはないんじゃないかなぁ?


地下鉄で一言話した日から、氷室くんとは学校でも話していない。
席が隣なのも気まずくて、余計話しかける気が失せてしまう。
それでも、氷室くん以外の信頼をつくることがうまく言っているから良いのだけれど。
ちなみに氷室くんは最優先事項ではない。
「沙良、おはよ〜」
「美香、おはよう」
美香や、他の友達に挨拶をしつつ、クラスに入った瞬間、目の前に誰かが立ちふさがった。
「わっ!?」
思わず声をあげた私を立ちふさがった人は見下ろしてきた。
「ひ、氷室くん!?ど、どうしたの?」
「お前、学級代表になったのか?」
「え?なんの話___!?」
黒板に目をやると、『学級代表 七海沙良・氷室奏』と書かれていた。
「な、なんで!?」
私、立候補した覚えないんだけど……?
「氷室くんも、だよね。立候補したの?」
「俺もした覚えはない。だから、お前がどうなのかを聞きたかったんだ」
そういうことね……。
こんな、勝手に選ばれるものだっけ?
しかも、本人の了承もなく。
そんなことがありえるのかな……。
「お〜座れ座れ。授業するぞ〜」
丁度よく、先生が入ってきた。
氷室くんはチャンスといわんばかりに私に目配せする。
「先生、これはどういうことですか?」
聞くと、先生はなにをいってるんだという表情で私達を見る。
「お前達が立候補したんだろう?」
「えっ?でも、そんな話一言も」
「そうです、聞いてません」
私も同意すると、先生はのんびりとした口調で言った。
「まぁ、もう決まったことだ、やってくれ」
なんと、適当な......!
先生、学級代表って推薦とかでやるものだと思うんですけど.......。
なんて、”優等生”にならなくてはならない、私が言えるはずもなく。
七海沙良、学級代表になっちゃいました......。


学級代表の私達は初仕事として、倉庫の整理を頼まれていた。
学級代表ってこんなのやるんだっけ?
「なんで俺が学級代表なんか......」
隣から聞こえてくる舌打ちとため息。
ううっ、こればかりは氷室くんと同じ気持ちだよ......。
さすがに学級代表は”優等生”にならなくちゃいけない私でも、荷が重いと思うんだけど......!
「やりたくねぇ......」
氷室くん、やっぱりやりたくないよね......。
学級代表はただでさえ、大変なのに、嫌いな人と一緒だもんね......。
___ここは、私が頑張らなくちゃ。”優等生”になるためにも。
「ひ、氷室くんっ」
「.....何?」
「こっ、今回の仕事は私がやっておくから、氷室くんは先に帰っていていいよ!」
そう言い残して一人で倉庫に向かう。
「おい、ちょっと待てよ!」
そんな声が聞こえた気がするけれど、無視して進んでいく。
倉庫に入ると、物が散乱していた。
「なに、これ......」
思わず声をあげた私を嘲笑うかのようにホコリがたつ。
「汚い……誰がやったの?」
そういってる間にもホコリ舞い上がり、私は思わず咳き込んでしまう。
さらに、奥に入ろうとしたところで、腕をひかれた。
「なに先に行ってんだよ?お前だけでできるわけな___」
「だ、だって。氷室くん、嫌そうだったでしょう。帰りたいって言ってたし」
「なんで、全部自分で片付けようとしてんだよ?お前一人で、ここができんのか?」
なに、それ。
そんな言い方ないんじゃないの?
氷室くんが私を嫌いって言ったんじゃない。
今さら、手のひらを返すように手伝う?
私のなかのなにかがさーっと、冷めていくのを感じた。
「氷室くんはいいよね」
「……は?」
「私はみんなの分も引き受けて頑張ってるのに。氷室くんは人の気持ちも知らないで適当に言って」
もう、とまれない。
「ほんとに、ひどい。氷室くんなんて嫌い!」
あぁ、言ってしまった。
まともに氷室くんの顔を見れない。
急いで目をそらすと、私は走り出した。


氷室くんに本当にひどいことを言ってしまった。
もう、話してくれないと思う。
それくらいのことをしてしまった。
私、なんであんなに怒っていたんだろう。
いつもなら、言わないはずのことを言ってしまった。
"優等生"の私が。
もう、氷室くんと顔を合わせられない。
それなのに、今日は嫌でもやってくる。
___学校に行く足がいつもより重い。
「沙良、おはよ〜!あのさ、昨日ね……って、沙良?」
私が返事をしないことに驚いたのか、美香が不思議そうに問いかけてくる。
「……ご、ごめん。今日、学級代表の仕事で急いでて。」
「あっ、そうだったの?ごめんね、頑張って!」
うん、と乾いた返事をすると、クラスと反対方向へと走り出す。
ごめんね、美香。
学級代表の用事なんかない。
私の問題なのに。
気づけば、私は自然と旧校舎の教室へと向かっていた。
「私、ほんと最低だなぁ」
ぽつん、とひとりごちる。
すると、独り言は意外に教室内に響く。
「嫌いとか言ったり、仕事だって嘘ついたり。なにしてるんだろ、私」
氷室くんに出会ってから、自分かきれいな人間ではないことに今さら気づいた。
氷室くんは言い方がきつかったり、冷たかったりするけれど、きっと優しいのだと思う。
私のような姑息な人間にはない強さ。
いっそ、羨ましさよりも、清々しささえ感じてしまう。
「なにしてんの」
後ろから聞こえた声にバッと振り返ると、教室のドアに寄りかかっている氷室くんがいた。
「ここ、寒くね?よくいられんな」
「なんで」
「......なにが?」
思わず声を上げた私を見て氷室くんが怪訝そうに片眉を上げる。
「なんで、ここがわかったの?私、最低なこと言ったのになんで話しかけてくれるの?あのあと......」
「ああ、もう、そういうのいいから。」
「でも___っ」
でも、そんなの、あまりにも氷室くんに申し訳ない。
そう言いかけた私の口を氷室くんは手で塞いでくる。
な、なに......!?
「でも、じゃねぇよ。氷室くんに申し訳ないとかだろ、どうせ」
「どうせって......」
そんな軽い問題してしまった氷室くんに抗議をしようと顔を上げると、氷室くんが口の端を上げていたのでびっくりして言葉がでてこなくなった。
「抗議するのか?嫌いって言ったのに?」
そう言われると私は黙るしかなかった。
嫌いといったのは完全に私の問題だ。
黙った私を見て、氷室くんはたまらないとでも言うように吹き出した。
「吹き出すなんてっ......」
「悪い、つい。こんくらいからかっただけで焦ってる七海が面白くて」
からかったのっ!?
心でそう思ったのが顔に出ていたのか、さらに氷室くんが吹き出す。
「七海、まじでおもしれぇ」
なに、これ。
氷室くんってこんな人だっけ。
学級代表の仕事であったときとは全然違う。
なんで、こんなにどきどきするんだろう。
___なんで、こんなに顔が熱いんだろう。


氷室くんはひとしきり笑ったあと、私を見た。
今から私が言うことはわかっているとでもいうように。
私は深呼吸すると、思っていたことを吐き出した。
「ごめんなさい、嫌いとか散々ひどいこといって。急に、言葉が止めようと思っても止められなくて。」
氷室くんはうんうん、と聞いてくれて泣きそうになる。
あんなにひどいことを言った私に。
氷室くんは本当に優しい。
「俺も、悪かった。」
「え?なんで氷室くんが謝るの?」
彼はむしろ被害者だ。
なにも悪いことをしていないのに、罵倒されたのだから。
「俺も、結構無神経だったと思う。最初、話しかけんなとか言ったし」
「でも、私は、完全に八つ当たりで」
「俺も八つ当たりだったし」
氷室くんは私の不安を全部かき消すように答えてくれる。
それが、本当に嬉しくて、私は半泣きになりながら、ぽつり、ぽつりと不安を吐き出す。
「氷室くんが一人でできるのかって聞いたときに、私、できないはずなのに強がってできるとか言っちゃって、あとに引けなくなっちゃって」
あのとき、できんのかって聞かれて”優等生”の私がやるべきだと思って、強がってしまった。
そんなの、本当に八つ当たりでしかないのに、氷室くんは聞いてくれた。
「氷室くんに本当に迷惑をかけたと思う。ごめんなさい。もう、私の謝罪なんか聞きたくないと思うけど......」
我慢していた涙があふれてとまらなかった。
私はなんでこんなに泣いているんだろう。
今回の件で氷室くんにもっと嫌われたのは間違いないのに、嫌われたくないと思う自分がいる。
どういう心境の変化か自分でもわからないけれど......。
「......あのさ」
ぐっと身構える。
どんなに怒鳴られようとも、罵倒されようとも、私のせいだから。
「そんなんで嫌うと思ったわけ?俺、最初嫌いとか言ったけど、あれは驚いたから。あれはその......俺も悪かった。むしろ、その......七海が頑張っているの見て、すげぇなって思ってた。俺と全然違うなって」
「そ、そんなことないよ!だって、私のできることをやっただけだから.......みんなが思うような優等生にはなれてないから......」
自分で言いながら、傷ついてしまう。
こんなことしか、できないんだ、私。
「その七海のできることがすげぇんだって。あとさ、別に優等生になる必要なくね?」
「っえ?なんで......」
そんなこと、考えたことがない。
優等生はならなければいけないものじゃないの......?
「優等生って別に何が定義って聞かれたら誰も答えられない気がするんだよな。他人が思ってる優等生って一人ひとり違うわけだし。」
目からウロコだった。
考えたこともない意見に私は驚きのあまり言葉がでない。
氷室くんはさらに続ける。
「でも、俺は、優等生って個性がある人だと思うんだよな」
「っ.....個性?」
個性。
こんな平凡で人よりちょっと勉強ができるだけの私にはない。
勉強だってできるわけではない。
頑張って予習と復習を頑張ることでやっとできるようになる。
不器用な人間だとつくづく思う。
「私に、個性なんて」
「あるだろ」
また、こぼした私の気持ちを氷室くんはかき消す。
「勉強ができるところ。自分より他人を大事にするところ。常に人の手本になれるように努力しているところ。人になにかを頼まれても嫌な顔一つせずにやるところ。いつでも___」
「氷室くん!ストップ、ストップ!」
何言っちゃってるの氷室くん......!
そんなに出てくるのもおかしいけど、氷室くんが知ってることが一番おかしい!
めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど.......!?
「な、なんでそんな言えるの......!」
「七海が頑張ってること知ってるって言ったじゃん」
た、確かに言ってたけど!
そこまで知ってるとか思ってなかったし!
心の準備できてなかったし......。
「私だって氷室くんが頑張ってるの知ってるからね!いつでも優しいところとか、かっこいいところとか___」
話しながら、みるみる真っ赤になる私を見て、なぜか氷室くんは片手で顔を隠して、もう片方の手で私の目を隠してきた。
「な、何するの?氷室くんっ見えないよ?」
「見るな!ほんとに、俺、絶対顔真っ赤だから......」
な、なんで......?
今、氷室くんが恥ずかしがる要素あったっけ......?
少したってやっと彼は私の目から手を外したけれど、まだ、ほんのり顔が赤い。
「で、言い忘れてたけど」
「うん」
「俺、ありのままの七海で過ごしていいと思う。それと」
「?」
氷室くんは一度、深呼吸してから言う。
「つらいときとか、クラスの奴らの頼みごとが大変なときは.....その、少しは俺を頼れ」
少しずつ、赤くなっていく目の前の彼の顔を見て、思う。
___私、氷室くんが好きだ。
出会ってまだ少しだけど、私を第一に考えてくれるところ、私に新しい考えをくれるところ。
本当に、すべてが好きだ。


自覚してしまうと恋というのはつらいもので。
当たり前なのかもしれないけれど、氷室くんはモテる。
女遊びの噂はあるとしても、ここまでイケメンだったら、女子は放っておくわけがない。
氷室くんは隣の席だから、話しかけやすいけれど、昼休みとかは女子に囲まれて話せない。
か、彼女でもない私が話しかける必要ないかもしれないけどっ......。
彼と私はただの友達、だから。
「氷室くん」
「なに?」
こうして、返事を返してくれるのも、数日前まではありえないことだった。
「今日、学級代表の仕事があるよね。文化祭の案をクラス内で募集しておいてって先輩に言われたんだけど」
「ああ、言ってたよな」
「今日の昼休みに聞こうと思うんだけど......」
「わかった。昼休みな」
うん、と頷けば氷室くんはぽんぽんと頭をなでてくる。
なぜか、毎回やられる。
きっと、動物かなにかだと思われているよね.....。
「きゃっ!なに、仲良くしちゃって〜!氷室奏とそういう関係だったの?」
「えっ!違うよ?これは、なんだろ、動物を愛でるのと同じだと思うけど......」
美香がえーっと声を上げる。
「嘘だよ〜っ!好きじゃない子の頭とか触んないって」
そんなわけないでしょ、と言いつつも、美香の言っていることは正しいと少し思う。
絶対に氷室くんの好きな人が私なわけないけど......。
「今度、しっかり聞かせてね!」
「だから、なにもないんだって......」
美香は楽しそうに行ってしまった。
一人、取り残された私はあとから、美香の言葉を思い出して赤面してしまった。


昼休み。
私が氷室くんに話しかけようとした瞬間、彼の席の周りには人で囲まれていて、完全に隙間が見えなかった。
ちょっと、氷室くん.....!
この状況で話しかけても声がかき消されちゃう.....。
よし、私がなるべく進めよう.....。
「み、みんな!学校祭の案を出してほしいんだけど___」
ドン!
誰かが私にぶつかった。
どうしよう、倒れる.....!
目をつぶった瞬間、誰かに強く手が引っ張られた。
「大丈夫か!?」
「ん.....氷室くん、大丈夫だよ」
さっきまで、席にいたはずの氷室くんが助けてくれたんだ。
「一人でやろうとすんな。言っただろ?俺を頼れって。ほら、やるぞ」
「___うん!」


大体データはそろったかな.....?
あのあと、驚くほどのリーダーシップで氷室くんがみんなから学校祭の意見を聞き出し、終わらせてしまった。
あとは、まとめるだけ......!
パソコンに入力して、グラフを作っていると、誰かにパソコンが奪われた。
「氷室くんっ、なにするの?」
「ほら、また。」
「っなにが?」
「一人でやろうとしてるだろ?」
パソコンをとろうとする私を制するかのように氷室くんはパソコンを高く上げる。
「だって、氷室くんが意見を集めるのやってくれたし、私も役に立たなきゃなって思って......」
「さっき、俺が意見集められたのなんでかわかるか?」
なんでそんなこと聞くの?
氷室くんのリーダーシップって全部うまくいったのに。
「氷室くんがみんなをまとめてくれたからじゃないの?」
「違う。七海が俺の手伝いをしてくれてたから。七海が横でメモをしたり、いろいろしてくれてたからうまくいったんだよ、わかるか?」
氷室くんがすごいのに。
一番すごいはずなのに、氷室くんがそういうことを言うから、私まで貢献できたと思わされてしまう。
「本当に、ありがとう」
「別に」
そういって、そっぽを向くあたりはツンツンしているけど.....本当はすごく優しいのを知っているから。
「じゃあ、グラフ作ろう!」
氷室くんは頷くと、私に入力の指示を出し始めた。


「おはよう、氷室くん」
「はよ。ちなみに、さっき、先輩から資料きてたから渡しとくわ」
「ありがとう!」
資料を受け取って、荷物を整理していると、美香から呼ばれた。
「沙良〜?三上くん呼んでるよ」
「え、ほんと?今行く!」
一度手を止めて美香が呼ぶ方向に行くと、幼馴染の三上優(みかみゆう)がうちのクラスに来ていた。
「おはよう、優くん。どうかしたの?」
「おはよ、沙良。あのさ、学級代表の資料もらった?」
「うん、もらったよ。優くんも学級代表だっけ」
「ああ、それについて相談なんだけどさ......」
優くんが話してくれたのは昨日の会議でも問題にだされていた部分だった。
「それじゃあさ、こういう、イベントを開いたらいいんじゃない?」
「なるほど。そしたら、人も集まって問題点も解決されるな。ありがとう、沙良。助かった」
「私にできることがあったらいつでも言ってね!」
去っていく優くんの背中に手を振ると、私はクラスに戻る。
席に座ると、隣から視線を感じた。
な、なに.....?
「氷室くん、どうかした?」
「さっきのやつ、誰?」
「え?幼馴染の優くんだけど」
「へぇ」
なんか、口調に棘を感じるんだけど.....。
「なんかあった?」
「別に」
「それにしては素っ気なくない?」
「別に」
絶対、嘘でしょ.....。
なにもないわけないじゃん......。
なぜか知らないけど、拗ねてるよね?
「ねぇ、なんでこっち見てくれないの?」
「お前さ」
「うん?」
「馬鹿だろ?」
どういうこと?
氷室くんはなにを言いたいの?
「馬鹿って……」
「無自覚が一番怖いわ……」
氷室くんがはあっとため息をつく。
私はなにがなんだかわからないまま、おろおろすることしかできなかった。


放課後。
「学級代表の報告レポート作ろ、沙良」
「優くん、わかった!今行くね」
資料を片手に立ち上がると、優くんの元へと行く。
「あそこの空き教室使わない?」
「いいよ!」
その教室に行こうとすると、優くんが手をつかんで、エスコートしてくる。
「優くん、別に大丈夫だよ?」
笑いながら言ってみれば、彼も、笑みを浮かべる。
「いいんだ、俺がしたいから」
「なにそれ〜」
優くんって本当に優しい人だ。
こんなことでも助けてくれたりするなんて。
「じゃあ、作ろ、レポート」
うん、と頷いて二人でパソコンに向かい合う。
あ、ここ、問題点の部分だ.......。
どうやってやればいいんだろう?
悩んでいるのがばれたのか、彼は私に聞いてくる。
「なにかあった?」
「なんかね、ここ、問題点の部分だから、もっとわかりやすくしたいの」
「ああ、そこはさ、フォントを変えて、色をつけてみればいいんじゃない?」
「本当だ、わかりやすい!ありがとう!」
優くんは嬉しそうに微笑む。
「全然。沙良のためなら何でもするよ?」
ふふ、本当に優しいなぁ。
私がのんきにそんなことを思ったときだった。
ガラッ!
教室のドアが乱暴に開けられた。
「ひっ、氷室くん?」
「七海___いや、沙良。行くぞ」
「い、行くってどこに?」
ぐいっと手をつかまれ、氷室くんは歩き出す。
「ま、待って、本当にどこに」
不覚にも沙良と名前で呼ばれたことにどきどきしながら、聞くと、彼は答えずにそのまま進んでいく。
彼は、前の旧校舎の教室に行くとドアを閉め、私に向き合う。
「ねぇ、なんで、そんなに怒ってるの?」
険しい顔をしている氷室くんを見ながら聞くと、ため息をつかれる。
「なんで、俺を頼らない?いつも、頼れって言ってるだろ?」
「え、でも、困っていることなかったから」
「でも、問題点の強調の仕方がわからないって言ってただろ」
「そ、そうだけど。氷室くんにわざわざ聞くことじゃないかなって思って」
図星を突かれて、ひるみそうになったけれど、なんとか反論する。
氷室くんはひゅっと表情をなくした。
こ、怖すぎるんですけど......。
「わざわざ?どんなことでもいいから聞けって言ったよな?」
「どんなことでもって言われてないです......」
「どちらにしろ、頼れよな。知らない男を頼って......」
「し、知らない男じゃないよ!幼馴染だし......」
いつのまにか、教室の隅に追い詰められてる気がする......。
逃げようにも逃げられないっ.......!
「ご、ごめんなさいっ私が頼らなかったのが悪いんです......」
状況に耐えられなくなった私が降参すると、氷室くんはにやっと不敵な笑みを浮かべる。
うう、負けてしまった!
なんの対決か知らないけどね.......。
「これからは頼れよ?いつでも......沙良なら受け付けるから」
「___なんでそんなに優しくしてくれるの?」
思わずこぼれた、本音。
彼は怪訝そうに首をかしげる。
「優しくしたらだめなわけ?」
「そ、そういうわけじゃないけど!嫌いなはずの相手になんでこんなに優しくするのかなぁって」
「あのさぁ」
急に氷室くんが声を低くしたので、驚いて思わず、後ずさりしてしまう。
「嫌いだとかまだ思ってんの?前言ったじゃん、嫌いじゃないって。むしろ、その___」
氷室くんが少しとまどいながら、なにかを言いかけたそのときだった。
「二人でこんなところで何してるの?」
高めのきれいな声が響いた。
その声には聞いたことがなくて、声のしたほうに顔を向けると、女子生徒がいた。
細身の体に整った顔。おまけに、きれいなストレートの髪。
誰もが口をそろえて美人だと言うだろう少女。
「ねぇ、なにしてるの、奏くん?」
誰も答えなかったため、焦らしたのか、もう一度彼女が聞いてくる。
奏くん、という呼び方に凍りつきそうになるのを感じた。
「別に。なんで急にきたわけ?」
相変わらず、氷室くんの言い方は冷たいが、どうやら、知り合いのようだ。
「旧校舎なのに、人の声が聞こえるから驚いちゃって」
「そんな理由で話、遮んなよ」
彼は苛立たしそうに舌打ちをして私に向き直る。
「悪い。この話はまた今度でいいか?」
「う、うん。......えっと、その子は?」
さすがに無視するわけにはいかないので、聞くと氷室くんはため息をつきながら説明してくれた。
「同じ中学の東雲うい(しののめうい)。」
「東雲ういって言います。七海沙良ちゃんでしょう?知っているわ」
名前を知っていたことに驚きつつ、私も自己紹介する。
「七海沙良です。よろしくおねがいします」
よろしくね、という声を聞きながら、彼女を観察してしまう。
氷室くんにぴったりとくっついている東雲さんを見て、心が痛む。
私も......彼の隣に......。
叶わぬ願いを持つのはやめようと思っても、無理だった。
嫉妬、するなんて。馬鹿みたいだ。
「氷室ー?」
遠くから先生の声が聞こえた。
「悪い、呼ばれてるから行ってくるわ」
「う、うん」
「奏くん、またあとでね!」
氷室くんがめんどくさそうな後ろ姿を見て、また心が痛む。
またあとでって......。
このあと、遊んだりするのかな.......。
「ねぇ、私、七海さんと仲良くなりたいの!沙良ちゃんって呼んでもいいかな?」
急に東雲さんが話しかけてきて、痛む心を隠して、向き合う。
東雲さんはきっといい人だと思うけれど......。
「う、うん。いいよ!私も、ういちゃんって呼ぶね」
嬉しい、という彼女の声をどこか遠くに聞きながら、心の痛みが大きくなっているのを感じた。
「突然だけどね、私、奏くんのことが好きなの!」
ズキン。切なく心が震える。
やっぱり、そうなんだ。
私が見たものは間違いじゃなかったんだ。
「そ、そうなんだ。そんな感じが......したよ」
「ほんとう!?ばれてた?」
「う、うん。わかりやすかったよ〜」
乾いた笑いをもらしながら、不自然ではないかヒヤヒヤする。
だけど、ういちゃんは氷室くんのことに夢中なのか、気づいていないようだ。
「ねえ、沙良ちゃんは奏くんのことが好きじゃないよね?」
なんで、そんなこと聞くの?
好きだったらういちゃんはどうするつもりなの?
でも、そんなことを聞けるはずもなく......。
「え......どうして?」
「もし一緒だったら、嫌だなあって思って!ね、どうなの?」
「べ、別に......好きじゃ、ないよ」
こんなこと本当は言いたくない。
でも、言ってしまってせっかく仲良くなったういちゃんとの関係を壊したくない。
私は、氷室くんが好きなのに___。
「じゃあ、私の恋、応援してくれる?」
嬉しそうな表情をしたういちゃんが視界に入る。
ごめんね、応援なんて、本当はできない。
したら、きっと、今度こそ私は我慢できないと思う。
それなのに、私は自分の気持ちに嘘をつくことしかできない。
「うん、応援、する」
「嬉しい!じゃあ、早速だけど、どうしたら私、彼ともっと仲良くなれるかな?」
そんなの、手伝えるわけないじゃない......!
手伝ったら、きっと、こんなに可愛いういちゃんのことだ、どれだけ冷たい氷室くんでも絶対に惚れる。
私に気持ちが向くことはないとは思うけれど、少しでも私のほうを見ててほしいと思ってしまう。
「まずは毎日話しかけるとか、どうかな?」
苦しまぎれの提案だったけれど、彼女はとてもいいと思ったようだった。
すぐに顔を輝かせる。
「すてき!ありがとう!私、頑張ってみる!」
ういちゃんは完全に恋する乙女の顔で、本当に氷室くんのことが好きなんだなと思う。
私だって......。
この複雑な気持ちをどれだけうまく隠せるかが、私の課題かもしれない......。


私がういちゃんに毎日話すという提案をしてから、彼女が氷室くんに話しかけているところをよく見るようになった。
「おはよう、奏くん!今日ね、弟が......」
「.......」
どうやら、氷室くんには冷たく無視されているらしい......。
ういちゃんには申し訳ないけれど、それが唯一の救いだった。
氷室くんはういちゃんといることが多くなり、私は優くんといることが多くなった。
なんだか、距離がだんだん離れていっているみたいで悲しい。
「ねぇ、そんなに氷室が気になる?」
「え?優くん、どういうこと?」
放課後、優くんと二人で図書館にいたとき、ういちゃんと氷室くんを見つけた。
思わず意識を持っていかれて、優くんのほうに集中してなかった.......!
「氷室のほうずっと見てるから。そんなに気になるのかなって」
「う、ううん。別に、全然そんなことないよ。ほら、課題終わらせちゃおう?」
優くんは頷いたけれど、まだなにか言いたげだ。
「俺さ、ずっと言えなかったんだけど___」
優くんがいつになく真剣な面持ちで話し始めたそのときだった。
「私、奏くんのことが好きですっ!付き合ってください」
どくん、どくん。
今、ういちゃんはなんて言った?今、今.......。
氷室くんが好きって___。
周りの音が急に聞こえなくなって、視界が暗くなった。
「沙良っ!」
優くんの言葉を最後に私は意識がなくなった。


「ん......」
「沙良」
次に目覚めたとき、私はベッドの上にいた。
近くには優くんがいて、私を心配そうに見ていた。
「大丈夫?急に倒れたけど」
「う、うん。きっと、昨日、遅くまでテスト勉強してたからじゃないかな?」
適当に嘘をついてしまった。
どう見たって、ういちゃんの告白がショックだったのはわかりきったことなのに。
「もう、俺、言うね」
「え?なにを___」
「俺、沙良が好き」
え、と私の大きな声が保健室に不自然に響いた。
「ずっと、好きだった」
ごめんね、優くん。
私も、優くんが好きだよ。
だけど、それは友達として。けっして、恋愛対象としてではない。
「ごめん」
一言、かすれた声で言えば、優くんはわかったようだった。
「知ってる。氷室が好きなこと、わかってたから。言いたかっただけだよ」
「本当に、ごめんね.......っ」
優くんに申し訳なくて、涙があふれる。
「いいよ、全然。それよりさ」
「うん?」
「はやく、氷室に告白してきたら?」
「っ.......!」
なんでそんなことを......。
急に言われると、恥ずかしい......ってそういうことじゃなくて!
「優くん......」
「俺も、適当に言ってるわけじゃないよ?」
「わかってるけど......」
優くんは優しい表情で続ける。
「今から、行ってきたほうがいいんじゃない?とられちゃっていいの、沙良は?」
「だめに......決まってる。だけど、彼は私のことなんて.......ういちゃんに告白されてたし」
自信なさげに言えば、優くんはもう、と少し怒ったように言った。
「じゃあさ、こうしよう。友達としての俺のお願いは?小学生の時言われたよね、友達は大切にしましょうって?」
「優くん、それは意地悪だよ.......もう、そんなこと言われたら、叶えないわけにはいかなくなっちゃうじゃん......」
「俺はそれをねらって言ったからね」
意地悪〜とむくれてみせれば、優くんは笑った。
「でも、本当だよ。俺、付き合ったって報告待ってるから。頑張って!」
「.......うん。私、頑張ってくる。行ってきます」
「いってらっしゃい」
手をふってくれる優くんに手をふりかえしながら、私は、一歩ずつ、踏み出し始めた。


「氷室くん!」
教室で氷室くんを見つけ、勢いのまま、叫ぶ。
「なに?」
いつも通りの返事。
だけど、どことなく、素っ気ない感じがした。
「あの、ね」
急に自身がしぼむ。
だけど......優くんの気持ちを無駄にしたくない。
「___私、氷室くんが好き」
本当に何気なく、だった。
氷室くんは目を見開いた。
「ずっと、前から、好きだった」
「ばーか」
「え?」
ずっと、無理とばかり言われると思っていたから、反応に困ってしまう。
「遅すぎるんだよ、お前。いつまで俺が待ってたと思ってんの?」
「え、え?」
「俺も___沙良が好きだよ」
え、今、好きっていった?
どういうこと、ういちゃんが好きなんじゃないの?
そうやって、ぐるぐる考えている私を見て、焦らしたのか、氷室くんは私を急に抱きしめ、言った。
「___これから、もう、離さないから」
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