君に会うために僕は
部室から出るともうルナちゃんの姿はなかった。

「…どこ行っちゃったんだろう」

部室棟はどこも部活動見学で賑わっているようだった。天文部の横は写真部のようだ。1年生らしき人がカメラの使い方を教わっている。調理部か製菓部が近いのだろうか?甘くていい匂いがする。合唱部らしき歌声や、吹奏楽部の金管楽器の音色も聞こえてくる。外からはどこかの運動部の掛け声と金属音が聞こえた。野球部だろうか?…まぁ、部活動見学は今日だけじゃない。明日また見学をするのもよいだろう。

もしかしたら、教室に戻ったのかもしれない。この階段を降りたほうが教室へは向かいやすいだろうか…。

「ううう…」

「…この声…ルナちゃん?」

階段を降りようとしたところ、上のほうからうめき声が聞こえた。階段を上がるとその一番上の段で小さく縮こまっているルナちゃんがいた。この階段はどうやら屋上へあがるときに使うものみたいだ。屋上への扉には大きい南京錠が掛けられているので入れないようだ。それよりも思いのほか近くにいてよかった。

「ルナちゃん、よかった近くにいて。晃星さんが心配してたよ…」

「…紗月ちゃん…」

ルナちゃんは顔をあげこちらを見た。屋上への扉からは光が差し込んでおり、逆光で彼女の表情をうまく見ることができない。しかし彼女の声は今にも消え入りそうだった。

「ごめんね。ルナが行きたいって言ったのに逃げ出したりなんかして」

「それは大丈夫だけど…。どうしたの?なんかあった?」

私は顔を覗き込もうと彼女の目の前にしゃがみ込む。ルナちゃんは再度顔を伏せ首を、横に振った。

「…そういえば紗月ちゃん、晃星に会ったことあったんだね。ちょっとびっくりしちゃった」

「昨日ちょっと近所の児童館に用事があってね…。その時にたまたまぶつかっちゃったのが晃星さんだったの。その、大丈夫?晃星さんも心配してたよ?」

階段を上りルナちゃんの隣に座る。すると彼女はこちらに顔を向けた。…少し泣いているようにも見えた。

「…ルナちゃん」

「…あのね?すっごくくだらないし面白くもない話なんだけど…聞いてくれるかな」

「もちろんだよ」

私は彼女の目を見ながらそう伝えた。

ルナちゃんは1度深呼吸をすると、少しずつ話してくれた。

「…晃星は昔、ルナを救ってくれた人でね」

「うん」

「中学が同じだったんだけど、昔から誰とでもすぐ仲良くなれるああいう人で…。天体博士で…」

「…」

「気づいたら…好きになってた。初恋の人…なの」

「…今でも、好き、なんだ…?」

「うん」

ルナちゃんははにかんで、少し顔を赤めながら言った。
その表情に思わず胸を締め付けられてしまった。

ルナちゃんが晃星さんに恋焦がれているのがよく分かった。

「中学のころは自信がなくて何もできなくてね。眼鏡越しに見てたの。いつからか高校に入ったら、絶対にコンタクトにして、髪も少し明るくして、メイクもして…それで自信がついたら、この気持ち伝えたいなって思った。それで、実際に自分を変えてみたはいいけど、気づかれなかったらどうしようって不安だった。けれど、気づいてくれた。…嬉しかったな」

「そっか、それはよかったね」

「うん、でも結局緊張しすぎて逃げちゃった…。あと、顔も絶対真っ赤だったし…。だけど、本当に嬉しくて泣きそうだった。嘘、…ちょっと泣いた」

ルナちゃんは少し笑った。

話を聞いて安心した。晃星さんとなにか悪いことがあったわけではなくてよかった。何か悪いことがあったのだとしたら今後彼と会った時どう接すればいいかわからなくなってしまう。

私がほっとしているとルナちゃんが再び話し始めた。

「仲良くなったのが”紗月”ちゃんじゃなかったらこの話はきっと誰にもしなかった」

「え?」

「…ルナね、本当に晃星が好きなんだ」

「うん」

「きっと他の人からしたらおかしいんだと思う。くだらないことだし、引かれてもしょうがないの。ありえないっていう人も絶対いる。だから…本当に誰にも言わないでおこうと思ってた」

「え?どういうこと…?」

ルナちゃんは私から目線をそらす。
そして立ち上がって階段を降り始めた。

「…ルナはね、卑怯なんだ」

その時ルナちゃんが何かつぶやいたが聞き取ることはできなかった。

彼女は数段下の踊り場に立つと私の方に振り向いてこう言った。


「晃星に会うために、ルナはこの学校に入学したの…」

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