君に会うために僕は
「ねぇ二宮さん。お互いに”さん”つけるの止めない?」

「え?」

「その”晃星さん”っていうの止めようよ。同学年で同じ部活なんだしさ…」

晃星さんをモデルにすると決めた翌日。

デッサンを進めていく中で突然提案された。

今日の美術室には他の部員も顧問もいた。本当は昨日のように、美術室のあの場所で描きたかったのだが、他の部員の迷惑にならないよう今は顧問から許可を得て空き教室を使ってデッサンを進めていた。

私は鉛筆を止め、彼に視線を移す。晃星さんには、昨日を私が心ときめいた状況となるべく同じようにしてもらっている。ページを眺めているはずの視線は私に向けられていた。

「…じゃあ、晃星くんって呼ぶのはどうですか?」

「何なら敬語もやめてほしいけど…まぁ、”さん”よりはいっか」

「なんでそんなに気にするんですか?どっちでもいいと思うんですけど」

「俺が”さん”付け嫌なのは、なんかむず痒いというか…違和感があってさ。呼ばれなれてないからかな…」

「…違和感…ですか…。あ、私は”二宮”でも”紗月”でもなんでもいいです」

そんなに”さん”付けで呼ばれるのが苦手なのか…。私は気にしたこともなかったな。晃星さんが再び図鑑に目を向けたので、私もデッサンを再開した。

前回とは違って放課後すぐに取り組んでいるので外はまだ青空だ。夕焼けに照らされた姿もよかったけど、澄んだ青空の春めいた日差しが入ってくる教室で図鑑を開いているのもなかなかいい絵だなと思った。

今日は、どこも部活動が盛んなのか教室には複数の音で満ちていた。運動部の掛け声、金管楽器の音、打楽器の音、何かの金属音、鉛筆の音、ページをめくる音。この音もまた心地が良い。なんだが放課後って感じがした。

「今日の音も…なんかいいですよね」

「そうだな…。放課後って感じで。…この音は絵を描くには支障ないの?」

「大丈夫です。むしろ静かな時より描きやすい気がします」

実際に今日はあまり迷いなく線を引けている気がする。すらすらと鉛筆が走る。

「そうか…。…そしたら、あの、聞きたいことがあるんだけど…。話しながら描けたりする?」

「あ、大丈夫ですよ。なんですか?」

「…”紗月”と優斗先輩っていったいどういう関係なの?付き合ってる…わけじゃないんだよね」

”紗月”と呼ばれたことに少し心が揺れ動いた…気がした。なんだこれ。
…けれど今はそれどころじゃない。

私は思わず手を止めて、晃星くんをじっと見た。すると彼は図鑑に向けていた視線を私とは逆方向に向け一切の視線が被らないように顔を背けた。この人は…いったい何を勘違いしているんだ…。

「…そんなわけないじゃないですか」

「あ、やっぱそうだよね。ごめん、手…止めちゃったね…」

私は再び絵に目線を戻し、デッサンを再開させた。

本当はこれ以上この話をするつもりはなかった。だけど、デッサンのため晃星くんを見た時にばつが悪そうな顔をしていたのがちょっと申し訳なくて私は話を続けた。

「…優斗先輩は…その…幼馴染…みたいなもんです」

「!幼馴染、か…」

晃星くんが驚いた様子でこちらのほうに振り向いた。

「優斗先輩は父の勤めてる会社のお偉いさんの息子さんなんです。子どものころから仲良くするように言われていたので今もこうしてつるんでいるだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「…結構きっぱり言うんだね…。…優斗先輩かわいそう…」

「なんですか?後半が声小さくて聞こえなかったです」

「いいや。ただの独り言。ありがとう。デッサン続けてよ」

「…はい」

そういわれたので私もデッサンを再開させた。さっきの独り言聞き取れなかったけど本当に独り言だったのだろうか…。

「でもいいね。幼馴染。俺にもいたよ」

彼が優しく微笑みながら言った。…今のは、独り言…?ふと晃星くんの方に目線を向けると、私に向けられていた視線は再び図鑑に戻っていた。これは話を続けるべき?だけど…表現が過去形なのが気になった。幼馴染ってそんななくなるもんじゃないよね…。

「…過去形…なんですね…。引っ越されたとか?それとも喧嘩別れでもしたんですか?」

「…」

晃星さんが急に話さなくなったので、思わず手を止めてしまった。
聞いてはいけないことだったのだろうか。

「あの…」

「…亡くなったんだ。俺が小2の時に。事故でね」


私は思わず鉛筆を落としてしまった。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだとすぐに悟った。

「あ、ご、ごめんなさい。余計なこと聞いて」

「いや、全然いいんだ。もう随分と前の話だしね。俺も気になるような言い方しちゃったし。話したくないってことでもないから。むしろこちらこそごめん」

晃星くんはそう言って私が落とした鉛筆を拾ってくれた。

「すみません、ありがとうございます」
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