大嫌い同士の大恋愛
「羽津紀さん、着いたよ?」
「え、あ」
 そんな風に考えているうちに、マンション前に着いていた。
「あ、ありがとうござ……」
 私が、送ってくれたお礼を言おうとすると、片桐さんは、そのまま門を通り、入り口に向かう。
「か、片桐さん?」
「部屋まで送るよ。――どこで待ち伏せられてるか、わからないからさ」
「え、でも」
「いいから。用心に越した事は無いよ」
 先ほどまでの彼の口調とは打って変わって、厳しいものになった。
 それだけ、心配されているという事で――私は、気まずいままにうなづく。
 そのまま二人でエレベーターに乗り込むと、隣で、ほう、と、息を吐く音が聞こえる。
 私が顔を上げると、片桐さんは、苦笑いで見下ろしてきた。
「……ごめん、結構、緊張してる」
「――す……」
 みません、と、続けようとしたら、手で軽く口を塞がれた。
「すみません、より、ありがとう、が、良いかな?」
 私がうなづいて返すと、彼は、ニコリ、と、微笑んで手を外す。

 ――ああ、やっぱり、こういうところは年上なんだな……。

 罪悪感を感じさせないように、気配りができるのは、経験値の差か。
 すると、エレベーターが到着し、ドアが開く一瞬だけ緊張感が漂うが、誰の姿も見えなかった。
「……大丈夫みたいだね」
「ハイ」
 二人で、私の部屋の前に到着すると、大きく息を吐いた。
 ――こんな事がいつまで続くんだろう。
 無駄な緊張感に、神経をすり減らし、疲れてしまう。
 一日で、こんななのだ。
 先が見えない今、ため息しか出てこない。
「羽津紀さん?」
「……あ、すみません。……何か、これからの事考えたら……」
「――そうだね。……徐々に、神経がすり減っちゃうだろうし――」
 そう言うと、片桐さんは、私がドアを開けるのを待っている間、周囲を見回し、下に視線を向けた。
 彼にも、こんな、ボディーガードみたいな事、させる訳にはいかないのに。
 私は、鍵を開け、中に入ろうとすると、不意に、ドアが手で止められた。
「……片桐さん?」
「入っても良い?」
「え」
 さすがに――と思ったが、エレベーターが到着する音が聞こえ、心臓が鳴る。

 ――まさか、江陽?

 ヤツに、こんなところを見られたら、また、何か言いがかりをつけられるかもしれない。
 そう思い、思わず、片桐さんを中に引き入れる。

「え、う、羽津紀さん?」

 そして、ドアを閉めると同時に足音が聞こえ――隣の、江陽の部屋のドアが開閉する音が聞こえる。

 ……危なかった……。

 ――何が危なかったのかはわからないが、思わず、息を吐く。

「羽津紀さん」
「え」
 すると、いつの間にか至近距離に来た片桐さんの、穏やかな微笑みが、目の前にあった。

「油断大敵」

「――……っ……」

 頬を撫でられ、肩を跳ね上げる。

 ――あ。
 ――キス、される。

 もう、条件反射のように、目を閉じてしまう。
 すると、喉が鳴る音が聞こえ、次には、唇の感触。
 軽く数回。
 そして――次には、舌が口内へと滑り込む。
「――んぅっ……」
 思わず、片桐さんにしがみつくと、彼は、私をキツく抱き締め、キスを続ける。

 ――ダメ。また、動けない。

 ――……また、気持ち良くなってしまう。

 頭の片隅で抵抗する。
 けれど、身体と繋がらない。
「ふ、あ、っ……」
「――可愛い――羽津紀さん」
 一旦、呼吸をするためか、唇が離され、低く囁かれる。
 その声に、身体が熱くなり、どんどん何も考えられなくなっていく。
「――キスが、気持ち良い?」
「……い、やぁ……」
 自分でも恥ずかしい事を指摘され、ふるふると首を微かに振る。
「結構、敏感だよね」
「や……も、言わないで……」
「言葉責めにも弱い」
「――やっ……!」
 耳元から、脳内に直接言葉が届く錯覚が起き、身体が跳ね上がった。
「ダメだよ、我慢してるんだから――お仕置き」
「や、あ、たっ……敬、さ、んっ……!」
 軽く耳たぶが噛まれ、次には、首筋に数回痛みが走る。
「はっ……すごいね……。……こんなに綺麗につくんだ……」
 興奮したように言われ、キスマークがついた事に気がつく。
「この前の痕、もう、見えないのに――また、スカーフしなきゃだね」
「やめ、っ……」
 再び首筋に吸い付かれ、どんどん力が抜けていく。
 そして、鎖骨へと唇が触れると、不意に、視界が変わった。

 ――あれ……?

 その中に、片桐さんの顔が入ってきて、ようやく、自分が押し倒されたのに気がついた。
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