大嫌い同士の大恋愛
 翌朝、少しだけ腫れぼったくなった目を冷やしつつ、鏡をにらみつける。
 聖は指摘しなかったけれど――首元に、数個、赤い痕が、まだ残っていた。
 絞められた痕は、もう、ほとんど消えていたはず。

 ――明らかに、片桐さんのせい。

 私は、この前、苦肉の策で使ったスカーフを取り出すと、悪戦苦闘しながらもどうにか巻き付ける。
 先日とは巻き方が違うような気がするが、もう、時間も無いのでそのままだ。
 そして、普段よりも、少しだけ明るく凝ったメイクに挑戦するが――こちらは、惨敗した。
 一回メイクを落として、せめてもと、リップだけ明るめのものに変える。
 所詮、私の技術では、聖のような完璧なメイクは無理なのだ。
 すると、不意に、インターフォンが鳴り、確認すれば、片桐さんが立っていた。
「――おはようございます」
『おはよう。――一応、彼女の姿は見えなかったけど、念の為、迎えに来たよ』
 女性しかいないマンションに入って来るのは、恥ずかしかっただろうに。
「ありがとうございます。今、出ますので」
 私は、部屋を見回し確認すると、玄関を出る。
 お互いに軽く挨拶を交わすと、私は、マンション下に視線を向けた。
「――大丈夫だから」
「……ハイ」
 立岩さんの気配を気にしながらも、片桐さんと二人、平静を装いながら会社まで歩く。
 彼は、あくまで普段通りの態度で、昨日の事など、気にも留めていないようだった。
 ――それはそれで、何だか、腹立たしいが。
 すると、不意にのぞき込まれ、思わず距離を取る。
 けれど、それに構わず、彼はにこやかに尋ねてきた。
それ(・・)、昨日のヤツ?」
 そう言って、視線をスカーフに向けた。
「……そうですがっ!」
 言われると、恥ずかしさがよみがえる。
 片桐さんは、満足そうに微笑むと、軽く背中を叩いた。
「拗ねないでよ」
「拗ねてませんっ」
 ――拗ねているんじゃない。怒ってるんだが。
 けれど、対外的には痴話喧嘩にしか見えないので、ジロリ、と、彼を見上げるだけで、私は、抗議の意思を示した。
「ゴメンってば」
「……同意が無いのは、もう、止めてもらえますでしょうか」
 殊更丁寧な口調で、片桐さんに言えば、彼は、肩をすくめて返した。
「善処します」
「――本当ですね?」
「……としか、言えません」
「……そこは、言い切ってください」
 私が、不機嫌になりかけている事に気づいたのか、片桐さんは、ニコリ、と、ごまかすように微笑んだのだった。
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