大嫌い同士の大恋愛
 社内でも、どうやら、私と片桐さんが付き合っているという事が認識されてきたようで、二人でいても、一瞬だけ好奇の目で見られるが、すぐに、普段通りに戻っていく。
 それが、本来の目的であるはずなのに――どうしても、飲み込めない。

 ――まるで、心の奥に、何かが引っかかっているよう。

「おはようさん、お二人さん」

 すると、企画課に入った途端、神屋課長に手招きされた。
 二人で向かい、挨拶をすると、すぐにパーティションの方に視線を向けられる。
 三人で入ると、課長は、抑え気味の声で言った。

「――人事の方に動きがあった」

「「え」」

 私と片桐さんは、思わず、お互いを見やる。
 ――人事には、何も言ってないはずなのに。
 課長は、そんな私達の動揺も気にせず、続ける。
「もう、社長が怒り心頭でな。――昨日のうちに、人事部長と、立岩本人に直接事実確認してたらしい」
「――え」

「立岩は、クビだ。今は、謹慎扱いにしている」

 そう言って、課長は、ジェスチャーを見せた。
「……ク、クビって……」
 よくて、自主退職くらいだと思ってたが……。
「もう、名木沢クンが訴えなくても、確認が取れたんだよ」
「え」
「ウチの社宅、ちゃんと、防犯カメラついてるからね?」
「え、あ」
 あまりに視界に入っていなかったので、気がつかなかった。

 ――そうか。それがあったか。
 そして――彼女は、それすらも構わず、私の首を絞めにきたのか。

 そう思うと、その、考えなしの行動に、眉を寄せた。
「――名木沢さん、大丈夫?」
「え」
「……気分、悪くないかい?」
 片桐さんに、心配そうに言われ、私は首を振って返す。
「……今は……大丈夫、です……」
「そう、でも、我慢しないでよ」
「ありがとうございます」
 課長は、私を見やると、頭をかく。
「……まあ、そういう訳で、社内でピリつく必要は無くなったが――外では、まだ、安心はできない」
「承知しております」
 立岩さんが、自由になったら――逆に、いつどこで襲われるか、わからないのだ。
「社長からは、気兼ねなく仕事に邁進してくれ、期待している、とのコトだ」
「――ハイ」
 私はうなづいて返すが、片桐さんは、納得いかないのか、課長に言った。
「でも、彼女が逮捕された訳じゃないんですよ」
「そこは、キミが頑張ってくれるんだろう?」
「――そっ……それは、まあ、ハイ……」
 ゴニョゴニョと口ごもりながらも、片桐さんは、うなづく。
「じゃあ、そういうコトで、この話は終了。今日は、サングループさんとの会議の日だろ」
「――あ」
 私は、課長の指摘に我に返る。

 ――アレコレあり過ぎて、完全に頭から抜けていた!

 顔を上げ、片桐さんを見ると、彼の表情も真剣なものに変わっていた。
 私達は、うなづき合うと、課長に頭を下げ、席に戻る。
 そして、私は、積まれた企画書に片っ端から目を通し、途中、引っかかったものには、付箋を貼って、一言二言、書き置いていく。
 会議は午後から。
 それまでに、片付けられるものは、片付けなければ。
 途中、発案者のところに出向き、詳しい事を話し合う。
 そんな事の繰り返しだが、気合いの入り方は、今までで一番だろう。

 ――社長が期待している、と、言っているのだ。

 ――それに応えなければ――私は、何の為に、クビという強硬手段を取ってまで、守ってもらったと思ってる!

 そして、ようやく、ひと段落つこうかという頃、手に取ったのは――江陽が出した企画書だった。
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