大嫌い同士の大恋愛
 私は、手元の書類をにらみつけるように見つめる。
 一班、三ノ宮江陽。
 そう、発案者の欄に記入されていた。
 既存の香辛料の規格変更のようで、数種類だが、原材料の高騰などによる価格の見直しと、容器の変更が書かれている。
 私は、大きく息を吐くと、それを目で追った。

 ――公私混同するな。

 ――大嫌いだろうが、何だろうが、仕事なのは変わりない。

 数分間読み込むと、付箋を三つ貼り付け、一班の自分の席でパソコンの画面をにらみつけている江陽の元に向かった。

「――三ノ宮さん、少々よろしいでしょうか」

「――……ああ」

 お互いに、視線を完全には合わせない。
 あれだけ真っ直ぐに、私を見ていた江陽の目は――今は、自分の手元に向かっていた。

 ――それが、何故か、苦しい。

 私は、そんな不可解な感情を振り切るように、微かに息を吐く。

「――この三か所、もう少し、詳しいデータはありませんか。値上げの根拠が薄いです」
 差し出した書類を受け取りながら、江陽は、口ごもりながら返した。
「……い、いや、無い……が……」
「価格を上げるにしても、仕入先との折衝で、値上げ幅は変わるでしょう。営業だったのだから、承知の上かと思っていましたが」
「――そこは、長年の仕入れ元だぞ」
「同業他社の価格は調べましたか」
「――いや」
「それなら、調べた上で、比較して、ここでなければならない理由をつけて再提出してください」
 江陽は、呆気にとられたように、座ったまま、私を見上げる。
「……何でしょうか」
「――……ああ、いや……わかった。再検討する」
 私は、一礼をし、踵を返そうとするが、ふと、立ち止まる。

 ――ああ、そう言えば、課長に頼まれていたんだった。

 停止していた私を、江陽は、不審そうに見やる。
「……何だよ」
「――いえ、会議には、ちゃんと出席してください」
「……別に、言われなくても、出るぞ。メンバーに選ばれてるんだから」
「……そうですか」
 私が言わずとも、江陽は、会議には出るつもりのようだ。
 神屋課長の取り越し苦労だが――怒った江陽が、ボイコットしないとも限らなかったので、そこは、ひとまず安心できた。
 頼まれごとが解決した安心感で、席に着くと、大きく息を吐く。

 ――よし、これで、集中できる。

 私は、再び、積んである書類に手を伸ばした。

 江陽の、少しだけ戸惑ったような視線が自分に向いている事に、気がついていない振りをしたままで――。
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