大嫌い同士の大恋愛
 お昼になると、聖がコンビニ弁当を持参し、私を迎えに来た。
「羽津紀ー、一緒に食べる?片桐さんと一緒?」
「えっと――」
 私が、チラリと、彼の席を見やれば、まだ、話が終わらないのか、メンバーとやり取りを続けている。
 この分では、いつ終わるか、わからないだろう。
「行くわ」
「わーい!」
 聖は、テンション高く、私に飛びつく。
「コラ、聖、やめなさい」
「ハーイ」
 まるで、幼い頃の妹をあやすような気持ちになってしまうが、それも、悪くない。
 先日のやり取りで、聖が、私には、こうやって気を許してくれているのがわかったから。
 二人でお弁当を持ちながら、エレベーターへ向かおうとすると、不意に、腕が掴まれた。
 振り返れば――江陽が、気まずそうに、私を見下ろしている。

「……何でしょうか」

「――あ、いや、あの……ちょっと、良い、か」

 口ごもりながら、江陽が、私に言う。
 微妙に逸れた視線にイラつきを感じ、思わず、掴んでいた手を振り払った。

「お昼休みですが」

「――……プライベートだ」

「それなら、お断りします。――行きましょう、聖」

「え、う、羽津紀?」

 踵を返し、ちょうど到着したエレベーターに乗り込む。
「おいっ……!」
 戸惑った様子の江陽を置き去りに、私は、エレベーターのボタンを押す。
「羽津紀、良いの?」
「プライベートなら、うなづく必要無いでしょう」
「――……でも」
 聖は、一瞬だけ視線を下げると、キッと、私に向けた。

「……聖?」

「羽津紀、ちゃんと、江陽クンと話そうよ」

「――ど、どうしたのよ、急に」

 思わぬ強い口調に、怯んでしまう。
「――江陽クン……ずっと、羽津紀のコト、心配してたんだよ」
「……え」
「あれから毎日、アタシに、羽津紀が無事か、頻繁に確認してくるの」

 ――……え?

 私は、呆然と、聖を見つめる。

 ――何で――……そんな……・。

「――あのさ、羽津紀。……片桐さんの事、本当に好きなら好きで良いから、ちゃんと、江陽クンと話して、きちんと振ってあげて」
「……聖?」
 彼女が言わんとする事が、よく吞み込めない。

「今、羽津紀がしてるのは――江陽クンを振り回してるってコトだよ」

「そっ……そんな事っ……!」

 ――私の方こそ、アイツに振り回されているのに⁉

 そう続けようとしたら、エレベーターが到着し、扉が開く。
 聖は、先に降りると、私を振り返った。

「ちゃんと、江陽クンに、本気で向き合ってあげて」

「聖!」

 けれど、聖は、私をエレベーターに残し、一人降り立つ。

「二人で、お互いに納得するまで話してよ」
「でも」
「――アタシが江陽クンに振られても、こうやってスッキリできてるのは、ちゃんと、本気で向き合ってくれたからなんだからさ」

 そう言って、彼女は、綺麗に微笑むと、食堂へと入って行く。

 私は、呆然としながら――けれど、どこかで、鋭いナイフを突きつけられたような痛みを胸に感じ、思わず、エレベーターの扉を閉めた。


 ――そして、手は、無意識のうちに、五階のボタンを押していた――。
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