大嫌い同士の大恋愛
 江陽と私を交互に見やると、片桐さんは、ゆっくりと近づいてくる。

「――三ノ宮くん、離してもらえるかな」

 柔らかい口調で、微笑みながら、私の左腕を取るが――その力は、強かった。
「か、片桐さん」
「――……すみません、話の途中なんで」
 江陽は、離すまいと、私を囲い込む。
「お昼休み、終わっちゃうけど?」
 片桐さんは、そんなヤツに構わず、穏やかに言いながら、エレベーターを振り返る。
 上の階数表示が点滅しているのが視界に入り、私は、江陽を無理矢理引きはがした。
「羽津紀」
「――……話は、後にしましょう」
 かろうじて、そう告げると、私は、二人を置いて部屋に入った。

 ――……何で……言えなかったんだろう。

 ――……何で――振り払えなかったんだろう……。

 江陽が、あんな風に弱々しい姿を見せるなんて――。

 けれど、私は、かぶりを振って、意識を戻す。
 これから、サングループとの会議なのだ。
 余計な事は、考えない。
 そう、自分に言い聞かせながら、席に着く。

 二人の視線が痛かったけれど――今は、もう、これ以上、何も考えたくなかった。


 サングループとの会議は、先日と同じメンバーで行われた。
 さすがに、再びの乱入は無かったが――向こうの緊張感が見て取れたのは、江陽のせいだろう。
 やはり、社長の息子と仕事をするというのは、プレッシャーがかかるはず。
 ひとまず、持って来てくれた、いくつかの企画書を受け取り、それぞれのプレゼンを聞く。
 こちらは、まず、相手方の案をもらってからになるので、次回は、それに関しての疑問点や修正点などを確認するとした。
 そして、次の会議の日程を決め、二時間で会議は終了。
 けれど、緊張感を保ったまま、向こうのメンバーは、会社を後にしていった。
 会議中も、やはり、視線はどうしても江陽に向かっているのは、仕方ない。
 ――が。

「……三ノ宮クン、一旦、会議は欠席してもらっていいかな」

「え」

 会議室の片付けを全員で終えると、神屋課長が、弱りながら、江陽に言った。
「――やっぱり、向こうさんが気にしてるのが、申し訳なくてね」
「……わかりました。……メンバーからも、外れるんでしょうか」
「いや、それは無い。名木沢クンから聞いたかもしれないけど、キミを選んだのは、別にキミの肩書じゃないよ」
 そう言って、課長は、私に視線を向ける。
 ――そう言えば……あっさりと返されたから、理由なんて言う事も無かったな……。
 気まずい視線を返せば、肩をすくめられた。
「三ノ宮クン、キミを選んだのは、ちゃんと理由がある。――まあ、二度は言わないから」
 ――後は、私に聞け、と。
 課長の視線を受け、江陽をチラリと見やると、ヤツも私を見返す。
「……うづ……名木沢、サン」
「……後でにしてもらえますか」
「――……ああ」
 少々気まずい雰囲気のまま、全員で会議室を出ると、課長はそのまま自販機コーナーへ向かった。
「お疲れさん。――各自、好きなの選んでよ」
 その中の一つに千円札を入れ、私達を振り返り、課長が言う。
 それにありがたくうなづき、全員でそれぞれ好きなもののボタンを押した。
「ごちそうさまです」
「まあ、毎回は勘弁してくれよ、懐が寒くなるから」
 失笑を誘いながら、課長は階段を下りて行く。
 会議室はすぐ上の六階なので、わざわざエレベーターを使う事も無い。
 ――ひとまず、もらった企画、読み込まないと。
 そう思いながら階段を下りようとすると――

「あれ、もう、会議、終わっちゃったのかな?」

 頭上から、テンション高く尋ねられ、私達は、少々ひきつりながらも顔を上げた。

「……終わりましたよ、社長」

 下から顔を出した課長が言うと、社長は眉を下げる。
「ええー、せっかく顔出そうと思ったのになぁ」
 そして、私達が次に何を言われるかと構えていると、社長は、私を見て、ニコリ、と、笑った。

「ちょうど良いか。名木沢さん、ちょっとお茶に付き合わないかい」
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