大嫌い同士の大恋愛
社長の後に続き、階段を上って行く。
会議室のすぐ上が社長室なのだから、エレベーターを使うまでもない。
「……あの……社長……」
「名木沢さん、甘い物、いける?」
「え、あ、まあ……ハイ……」
階段を上り切ると、あっさりと尋ねられ、思わずうなづいた。
「内緒だよ。今朝、三ノ宮社長から、有名高級店のケーキもらっちゃったんだよねぇ」
「え」
にこやかに社長室のドアを開けると、第一秘書の入和田さんが、用意していたのか、スッと、お茶セットを応接セットのテーブルに置く。
「……うわ……」
思わず声が出てしまい、慌てて口を塞ぐが、社長は気にも留めずに、ドカリ、と、ソファに沈み込むように座った。
「ホラ、遠慮せずに食べなさい。若い女性向けだろうからさ」
その言葉に、座ろうとしたまま、固まった。
「――……もしかして……私に、ですか……?」
江陽の父親が、謝罪は改めて、と、言っていた。
それを突っぱねたせいなのか――せめてもの、お詫びの品という事なのだろうか。
残る物は、私が拒否するとでも思ったのだろう。
もしかしたら、江陽に何か聞いたのかもしれない。
社長は、私の疑問を否定も肯定もせず、目の前のケーキを手に取ると、うれしそうに眺めた。
「いやぁ、この歳になると、こういうモノを手に取る機会も減ってねぇ」
「……そう、ですか……」
私は、ようやくソファに腰を下ろすと、テーブルの高価なティーセットを見つめる。
「――……あの……社長……」
「ん?何だい?」
容赦なく、飾り付けられたチョコプレートをかじりながら、社長は私を見やる。
「……立岩さんが、クビ、と、聞きましたが……」
すると、社長は、食べ終えるまで無言を貫き、紅茶をすすった。
その間の緊張感に、身体が小刻みに震える。
「――自己都合退職なんてものには、させてやらんよ。会社都合。懲戒解雇。――それすら、不本意だけどね」
「……申し訳「何でキミが謝るの?」
私の謝罪の言葉を、ぶった切ると、社長は、カップを少しだけ乱暴に置いた。
「キミは、何もしていない。――向こうが、自分勝手な恨みを募らせ、自分勝手に傷つけてきた。それを許すはずが無いだろう」
「ですが……」
「じゃあ、思うところがあるのかい?」
「……いえ……。……先日、申し上げた以外の理由は、特には……」
「なら、何も気にしなくても良い。ここから先は、会社と、向こうの話だよ」
一瞬で、口調を和らげ、社長は私の手元のケーキを見やる。
「ホラ、さすがに美味しいよ。有名店だけあるね」
「……あ……じ、じゃあ……頂きます……」
これ以上は、私の出る幕では無いのだろう。
被害者とはいえ、警察に訴えた訳ではない。
穏便に済ませたいと言ったのは、私自身だ。
もう、後は――任せよう。
そう自分を納得させ、ケーキに手をつける。
言われるだけあって、クリームも、スポンジも、すべて、初めて口にする美味しさ。
「……おいし……」
思わず顔がほころんでしまう。
そして、紅茶も、ケーキの味を邪魔しない、上品な香りと味。
一流、とは、こういうものなんだな。
今まで、無頓着だったジャンルだったが――こだわるのも、悪くないのかもしれない。
「うん、良い笑顔だねぇ、名木沢さん」
「……え、あ。……と……とても、美味しい、です……」
うんうん、と、社長はうなづき、自分のものをあっさりと空にすると、手を膝の上で組んだ。
「――それで、キミの方は、このまま勤めてくれるのかな?」
「え?」
――どういう事?
その疑問が顔に出ていたのか、社長は、少しだけ安心したように微笑んだ。
「いや、こんな目に遭った会社なんて、いられないと思われていたらね」
「――いえ、とんでもないです。……ちゃんと、勤めあげますので」
「おや、定年までいてくれるのかな?」
「その予定ですが」
すると、社長は豪快に笑い出す。
「そうか、そうか。うん、良かったよ」
「お世話になります」
「ああ、じゃあ、百歳まで生きないとだねぇ」
「長生きしてください」
「老害にはなりたくないんだが?」
「教えを乞う方がいらっしゃらないと、後進が育ちません」
私がそう返せば、社長は、少しだけ悲しそうに微笑むだけだった。
会議室のすぐ上が社長室なのだから、エレベーターを使うまでもない。
「……あの……社長……」
「名木沢さん、甘い物、いける?」
「え、あ、まあ……ハイ……」
階段を上り切ると、あっさりと尋ねられ、思わずうなづいた。
「内緒だよ。今朝、三ノ宮社長から、有名高級店のケーキもらっちゃったんだよねぇ」
「え」
にこやかに社長室のドアを開けると、第一秘書の入和田さんが、用意していたのか、スッと、お茶セットを応接セットのテーブルに置く。
「……うわ……」
思わず声が出てしまい、慌てて口を塞ぐが、社長は気にも留めずに、ドカリ、と、ソファに沈み込むように座った。
「ホラ、遠慮せずに食べなさい。若い女性向けだろうからさ」
その言葉に、座ろうとしたまま、固まった。
「――……もしかして……私に、ですか……?」
江陽の父親が、謝罪は改めて、と、言っていた。
それを突っぱねたせいなのか――せめてもの、お詫びの品という事なのだろうか。
残る物は、私が拒否するとでも思ったのだろう。
もしかしたら、江陽に何か聞いたのかもしれない。
社長は、私の疑問を否定も肯定もせず、目の前のケーキを手に取ると、うれしそうに眺めた。
「いやぁ、この歳になると、こういうモノを手に取る機会も減ってねぇ」
「……そう、ですか……」
私は、ようやくソファに腰を下ろすと、テーブルの高価なティーセットを見つめる。
「――……あの……社長……」
「ん?何だい?」
容赦なく、飾り付けられたチョコプレートをかじりながら、社長は私を見やる。
「……立岩さんが、クビ、と、聞きましたが……」
すると、社長は、食べ終えるまで無言を貫き、紅茶をすすった。
その間の緊張感に、身体が小刻みに震える。
「――自己都合退職なんてものには、させてやらんよ。会社都合。懲戒解雇。――それすら、不本意だけどね」
「……申し訳「何でキミが謝るの?」
私の謝罪の言葉を、ぶった切ると、社長は、カップを少しだけ乱暴に置いた。
「キミは、何もしていない。――向こうが、自分勝手な恨みを募らせ、自分勝手に傷つけてきた。それを許すはずが無いだろう」
「ですが……」
「じゃあ、思うところがあるのかい?」
「……いえ……。……先日、申し上げた以外の理由は、特には……」
「なら、何も気にしなくても良い。ここから先は、会社と、向こうの話だよ」
一瞬で、口調を和らげ、社長は私の手元のケーキを見やる。
「ホラ、さすがに美味しいよ。有名店だけあるね」
「……あ……じ、じゃあ……頂きます……」
これ以上は、私の出る幕では無いのだろう。
被害者とはいえ、警察に訴えた訳ではない。
穏便に済ませたいと言ったのは、私自身だ。
もう、後は――任せよう。
そう自分を納得させ、ケーキに手をつける。
言われるだけあって、クリームも、スポンジも、すべて、初めて口にする美味しさ。
「……おいし……」
思わず顔がほころんでしまう。
そして、紅茶も、ケーキの味を邪魔しない、上品な香りと味。
一流、とは、こういうものなんだな。
今まで、無頓着だったジャンルだったが――こだわるのも、悪くないのかもしれない。
「うん、良い笑顔だねぇ、名木沢さん」
「……え、あ。……と……とても、美味しい、です……」
うんうん、と、社長はうなづき、自分のものをあっさりと空にすると、手を膝の上で組んだ。
「――それで、キミの方は、このまま勤めてくれるのかな?」
「え?」
――どういう事?
その疑問が顔に出ていたのか、社長は、少しだけ安心したように微笑んだ。
「いや、こんな目に遭った会社なんて、いられないと思われていたらね」
「――いえ、とんでもないです。……ちゃんと、勤めあげますので」
「おや、定年までいてくれるのかな?」
「その予定ですが」
すると、社長は豪快に笑い出す。
「そうか、そうか。うん、良かったよ」
「お世話になります」
「ああ、じゃあ、百歳まで生きないとだねぇ」
「長生きしてください」
「老害にはなりたくないんだが?」
「教えを乞う方がいらっしゃらないと、後進が育ちません」
私がそう返せば、社長は、少しだけ悲しそうに微笑むだけだった。