大嫌い同士の大恋愛
 緊張感のあるお茶会は、十分ほどで終了。
 私は、深々と頭を下げ、退室した。

 ――……これで……良かった、のよね……。

 もう、後は、なるようにしかならない。


「――羽津紀さん、大丈夫だった?」


 階段の踊り場に差し掛かると、下から声がして、私は視線を向ける。

「……片桐さん」

 社長に連れて行かれたのが心配だったのだろうか――彼は、眉を下げながら、階段を上って来た。
「唐突なのはいつもの事だけどさ……ちょっと、気になって……」
 私は、苦笑いでうなづく。
「――先日の、三ノ宮社長から、お詫びの品を頂いてきただけです」
「え?」
「有名店のケーキ、美味しかったですよ?」
 そう言って、クスリ、と、口元を上げる。
 不安そうだった片桐さんは、目を見開いて、そして、微笑んだ。
「……そう。……なら、良かった」
「――立岩さんは、謹慎後、懲戒解雇だそうです」
「……そう……」
 まるで、世間話のように、淡々と伝えると、彼も同じように返す。
「……でも、この先どうなるかは、わからないからね」
「――……わかってます」
「この際、1Kでも良いから、早目に引っ越そうか」
 私は、片桐さんの言葉に、顔を上げる。
 すると、真剣な表情になった彼は、足を止めると、少しだけ強い口調で続けた。

「――僕は――本気で、キミと一生を共にしたいと思ってるよ」

「……片桐さん」

「これまで――大した経験も無いけれど、キミみたいに話せる女性はいなかった。理由なんて、それだけで、僕には充分過ぎるよ」

 私は、その言葉に、どこかうれしさを感じ――そして、申し訳無さも、同じように感じてしまう。

 彼のような人に認めてもらえる喜びと、それに応えきれない罪悪感。
 そのせめぎ合いが、心の中で起こる。

 愛情と尊敬を、混同してしまいそうになるけれど――未熟な自分に、違いがハッキリとわかる訳でもなく。

「羽津紀さん」

「……すみません……」

 私は、深々と頭を下げる。
「――……まだ……時間が欲しい、です……」
 自分の中で、江陽との事が落ち着かない以上、何を言っても、逃げにしかならないような気がするのだ。

 ――本気で向き合わなきゃならない。

 聖に言われた意味が、何となくわかった気がした。

 こんな風に、江陽だけでなく、片桐さんまで振り回しているのだ。

 ――……いい加減、ハッキリしなきゃ、いけない。

 自分の幼稚な意地や、こだわりだけで、他人の人生を振り回すなんて――それこそ、江陽と同じではないか。

「……そう。――良いよ、待ってるからさ」
「すみません」
「でも、部屋だけは、早く決めようね」
「ハイ」

 こんな風に、あっさりとうなづいてくれるのも――私に、余計なプレッシャーや、罪悪感を持たせない為なんだろう。

 ――彼のような人になりたい。

 他人を思いやれるような、大人に。
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