大嫌い同士の大恋愛
25.もう、すべてが遅いのだ
企画課に戻れば、変わらない光景。
私は、自分の席に戻ると、仕事の続きに手をつける。
いつもと同じ――けれど、心境の変化は、確実に起こっている。
「名木沢クン、ちょっと良い?」
「ハイ」
神屋課長が手招きし、席を立つ。
「コラボ企画、今のところ、気になる箇所は無いの?」
「ええ、向こうの方の説明で、少々の違和感は消えています」
「そう。さすがだね」
「そうですね」
「まあ、引き続き、頼むよ」
「承知しました」
私は、頭を下げ、踵を返す。
――自分がやるべき事を、間違えないように。
たとえ、他の事が気にかかろうが――仕事は仕事なのだから。
終業後、金曜日のせいか、課内がきれいさっぱりいなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「羽津紀さん、帰る?」
「あ、ハイ」
私がバッグを持つのを待っていたのか、片桐さんは、自分の席から腰を上げた。
どうやら、待っていてくれたらしい。
「じゃあ、今日は、他の不動産屋見に行こうか」
「え」
「不動産屋は、一軒だけじゃないでしょ?」
「――そうですね」
立岩さんの動向がわからない以上、早目に手を打っておいた方が良いのだ。
私がうなづくと、片桐さんは、手を握ってきた。
「あの、会社なんですが――」
「誰もいないよ?」
「他の課にはいるでしょう」
「――もう、結構浸透してると思うんだけど?」
確かに、私達が交際しているのは、社内に広まっているだろう。
けれど。
「……それとこれとは、別でしょう」
「わかりました」
肩をすくめ、彼は、あっさりと手を離す。
「キミに嫌われるのは、本意ではないからね」
「……ありがとうございます、なんでしょうか……」
思わず眉を寄せてしまうが、片桐さんは、クスリ、と、笑うだけだった。
先日とは別の不動産屋に行ってはみたが、やはり、即日入居で条件の良いところは無く、先日の二つの候補に絞る事となった。
「他の人に決まらないうちに、返事しないとだね」
「……すみません、時間かかってしまって……」
「いや、ウチの社宅、環境良いからね」
「ですよね」
今の環境は、これ以上無いほどのもの。
それを手放すという事は――どこかで、何かと、折り合いを付けなければならない。
片桐さんは、私の意思を尊重してくれているけれど、そんなに引き延ばせる訳でもないのだ。
――それに。
マンションに到着すると、当然のように、彼も中に入って来る。
それを咎める事もなく、私は、一緒に部屋まで向かった。
「――ありがとうございます」
「いや、何事も無いのが、一番だからね」
そう言って穏やかに微笑むと、珍しく、何もせずに立ち去ろうとする。
「え」
「え?」
思わず声が出てしまい、慌てて口を塞ぐが、片桐さんは、私に顔を近づけて微笑む。
「――可愛い。――期待してた?」
「ちっ……ちがっ……!」
思い切り首を振って否定するが、笑みを崩さない彼に、白旗を上げる。
「条件反射です……」
「本当に?」
「……だ、だって……いつも……いろいろするじゃないですか……」
「また、そうやって……」
身体を起こした片桐さんは、私の髪をそっと撫でる。
「頑張って我慢してるんだから、煽らないでよ」
「……すみません……」
「次は、誘ったって、みなすからね?」
彼は、困ったように笑って言うと、今度こそ、エレベーターに乗って帰って行った。
私は、自分の席に戻ると、仕事の続きに手をつける。
いつもと同じ――けれど、心境の変化は、確実に起こっている。
「名木沢クン、ちょっと良い?」
「ハイ」
神屋課長が手招きし、席を立つ。
「コラボ企画、今のところ、気になる箇所は無いの?」
「ええ、向こうの方の説明で、少々の違和感は消えています」
「そう。さすがだね」
「そうですね」
「まあ、引き続き、頼むよ」
「承知しました」
私は、頭を下げ、踵を返す。
――自分がやるべき事を、間違えないように。
たとえ、他の事が気にかかろうが――仕事は仕事なのだから。
終業後、金曜日のせいか、課内がきれいさっぱりいなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「羽津紀さん、帰る?」
「あ、ハイ」
私がバッグを持つのを待っていたのか、片桐さんは、自分の席から腰を上げた。
どうやら、待っていてくれたらしい。
「じゃあ、今日は、他の不動産屋見に行こうか」
「え」
「不動産屋は、一軒だけじゃないでしょ?」
「――そうですね」
立岩さんの動向がわからない以上、早目に手を打っておいた方が良いのだ。
私がうなづくと、片桐さんは、手を握ってきた。
「あの、会社なんですが――」
「誰もいないよ?」
「他の課にはいるでしょう」
「――もう、結構浸透してると思うんだけど?」
確かに、私達が交際しているのは、社内に広まっているだろう。
けれど。
「……それとこれとは、別でしょう」
「わかりました」
肩をすくめ、彼は、あっさりと手を離す。
「キミに嫌われるのは、本意ではないからね」
「……ありがとうございます、なんでしょうか……」
思わず眉を寄せてしまうが、片桐さんは、クスリ、と、笑うだけだった。
先日とは別の不動産屋に行ってはみたが、やはり、即日入居で条件の良いところは無く、先日の二つの候補に絞る事となった。
「他の人に決まらないうちに、返事しないとだね」
「……すみません、時間かかってしまって……」
「いや、ウチの社宅、環境良いからね」
「ですよね」
今の環境は、これ以上無いほどのもの。
それを手放すという事は――どこかで、何かと、折り合いを付けなければならない。
片桐さんは、私の意思を尊重してくれているけれど、そんなに引き延ばせる訳でもないのだ。
――それに。
マンションに到着すると、当然のように、彼も中に入って来る。
それを咎める事もなく、私は、一緒に部屋まで向かった。
「――ありがとうございます」
「いや、何事も無いのが、一番だからね」
そう言って穏やかに微笑むと、珍しく、何もせずに立ち去ろうとする。
「え」
「え?」
思わず声が出てしまい、慌てて口を塞ぐが、片桐さんは、私に顔を近づけて微笑む。
「――可愛い。――期待してた?」
「ちっ……ちがっ……!」
思い切り首を振って否定するが、笑みを崩さない彼に、白旗を上げる。
「条件反射です……」
「本当に?」
「……だ、だって……いつも……いろいろするじゃないですか……」
「また、そうやって……」
身体を起こした片桐さんは、私の髪をそっと撫でる。
「頑張って我慢してるんだから、煽らないでよ」
「……すみません……」
「次は、誘ったって、みなすからね?」
彼は、困ったように笑って言うと、今度こそ、エレベーターに乗って帰って行った。