大嫌い同士の大恋愛
 自分の部屋の鍵を開けようと、バッグのポケットに手を入れようとすると、ガチャリ、と、隣からドアが開く音がした。

「――江陽」

「……お、おう……」

 気まずそうに顔を出したヤツは、チラリと周囲を見回す。
「……片桐班長は、帰ったのか」
「ええ」
「……何も、無かったよな?」
「――何の事よ」
「だから――……あの女が……」
 私は、その言葉に、聖が言った事を思い出す。

 ――こうやって、私の知らないところで、私を守ろうとしていたんだろうか――……。

「……江陽、ちょっと良いかしら」

「え」

 それなら、もう、いい加減ハッキリさせなければ。
 外でする話でもないが、このまま、どこかの店に行くのも気が引ける。
「ウチ、入って」
「え、で、でも」
「――別に、何かする気なんて無いでしょうが」
「――……っ……」
 固まる江陽を、私は不審げに見上げた。
「そこは、うなづきなさいよ」
「だ、だってよ、自信無ぇぞ?」
「……こっちは、真面目に話してるのよ」
「――……悪い」
 ヤツはうなづくと、素直に私に続いて部屋に入った。

「――で、何だよ」

「……アンタのお父さんに、何か言った?」

「え」

 一瞬にして固まる江陽を見やり、私は、息を吐いた。
 どうやら、今日のヤツは、違うルートからのようだ。
「――親父が、何かしたのかよ」
 私の質問に、反射のように剣呑になるヤツに、首を振って返す。
「……この前――アンタが出て行った後、昔の事を、正式に謝罪させて欲しいって言われたの」
「――え?」
「私を突き飛ばしたヤツでしょ。……もう、今さらだし、突っぱねたんだけど――そしたら、社長経由で、お詫びのケーキもらったわ」
「……ンだよ、そりゃ……」
 眉を寄せた江陽は、抗議に行くつもりなのか、踵を返す。
「ちょっ……待ちなさいよ!」
「でもよ」
「――だから、もう、それで手打ちよ」
「え」
 私は、ヤツを見上げる。

 ――首が痛くなるほどに、上に向け――真っ直ぐに。

「……羽津紀?」

「もう、お互い、昔の事を持ち出すのは、やめましょう」

「……え……」

「私は、今、仕事では、そこそこ認められて、ちゃんと正社員で働けてるし、一生の友人もできた。もう、それで充分。――だから、アンタとの因縁も、いい加減カタを付けたいの」

 すると、江陽は、口元を引く。

「――……無かった事には、できねぇだろ」

「もちろん。――でも、許す事はできなくても、昔の自分と、折り合いはつけられそうなの」

「え」

「アンタだって、後悔してるってわかったし――ちゃんと謝ったじゃない。男嫌いは、今さら治らないだろうけど――もう、意地になるのは、やめようと思うわ」

「――そう……か……」

 江陽は、戸惑いながらもうなづく。
 そして、次には、そっと、私に抱き着いた。

「――……でも、お前は、オレは大嫌い、なんだろ」

 悲しそうに言う、その言葉に、胸が締め付けられる。

 ――けれど――その感情に、名前は、つけられない。


「……大嫌い……だった(・・・)わよ」


「え?」


 驚いたように、顔を上げる江陽に、私は――ぎこちなく、微笑む。

「アンタが、昔と同じだけど、違うって――わかったし……。……もう、子供じゃないんだから――」

「羽津紀」


「――だから、もう、こういうのも終わりにしましょう」


 そう、私は、振り絞るように告げる。

 瞬間、江陽が硬直するのがわかるが、大きく息を吐いた。
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