大嫌い同士の大恋愛
「――……どういう意味だよ」

「……もう、子供じゃないんだから、お互い、好きだの嫌いだので大騒ぎはやめましょうって言ってるの」

 私は、江陽をそっと離す。
 ――ヤツは、抵抗もせずに、従った。


「――もう、私、片桐さんと同棲する部屋も決めるから」


「――……っ……」


「……もしかしたら……そのまま、結婚、するかもしれない」


 今日の、片桐さんの真剣な表情に――もう、逃げる事は、できないのだと悟った。
 このまま、同棲するのなら、それは――結婚への一歩になるのだろう。


「羽津紀っ……!」

 けれど、江陽は、それを引き留めるように、キツく私を抱き締める。
「やめろよ、そんなのっ……!」
「だって、アンタのそばにいたら――また、襲われるかもしれないじゃない」
「だったら、オレが守るからっ……」
「そしたら、逆効果でしょ!」
「けどよ!」
「江陽!」
 私は、無理矢理ヤツを引きはがそうとするが、力任せに防がれる。

「――オレが――ちゃんと、話つけるから……だからっ……」

 震える声に、身体は固まる。

「……江陽?」

「――……もう少しだけ……待ってくれよ……」

 私は、顔を上げようとするが、頭をヤツの胸に押さえつけられる。

 その鼓動は速くて――でも、何故か、安心できて。



 そんな感情が湧くなんて、思わなかったけれど――


 きっと、もう、すべてが遅いのだ。



「……オレは、ケンカしようが、嫌われようが、一生、お前しか好きになれねぇんだぞ」


 江陽は、そう言うと、私をそっと離す。
 そして、視線を合わせるように屈むと、泣きそうに微笑んだ。

 ――それは、昔と変わらない表情で。

「……何で、いつも、泣きそうになるのよ……アンタは……」
「お前が、オレを嫌ってたからだろ。――これでも、昔から、ずっと、傷ついてたんだよ」
「――私は、実際に傷ついたけれどね」
 茶化すように言えば、眉をしかめられる。
「……手打ちにしたんじゃねえのかよ」
「感情は別物よ」
「何だよ、そりゃ」
「二十年、嫌ってたのよ。――そう簡単に、切り替わる訳無いでしょう」
「――オレは、二十年、好きだったけどな」
 あっさりと言う江陽に、私は、眉を寄せる。
「最初の頃は気づかなかったクセに」
「――気づくかよ……中坊以来だったんだぞ。……想像よりも、綺麗になってたし――別人だと思ってた」
「……バッ……!」
 思わぬ反撃に、真っ赤になると、ニヤリ、と、返された。
「でも、面影はどこかにあったからな」
「……初対面で、口説かれたのかと思ったんだけど」
「無意識だ」

 そう言った瞬間――江陽の表情が変わった。

「……江陽?」

「……え、まさか――あの時、か?」

「え?」

 ヤツは、口元を押さえ――青くなる。
「え、ちょっと、大丈夫なの?」
「――羽津紀……悪ぃ……。……もしかしたら――アレかもしれねぇ……」
「え?」
 その場に座り込むと、江陽は頭を抱える。

「……あの女と――一回、飲み屋で会った事があった……」

「――え」

「確か――親和(しんわ)と帰省した時、お前と会った居酒屋で――隣の席になって……アイツも、友達と一緒だった」

 江陽は、ゆっくりと吐き出すように、その時の事を話し始めた。
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