大嫌い同士の大恋愛
 その日は、一日中、男女問わず、企画課内のメンバーの視線が痛かった。
 結局、キレた私を見かねた課長は、第一班の主任に、江陽を預けた。

「羽津紀ー、もう、社内はアンタ達の話題で持ち切りなんだけどー」

 終業後、迎えに来た聖は、企画課の男性社員の視線を一身に受けながら、私の席まで、そう言いながらやってきた。

「……もう嫌……。……放っておいて……」

「ええー!だって、幼なじみだったんでしょ?」

「……私の人生、最大のトラウマよ……」

「え、何、付き合ってたの?」

 何事も恋愛に変換してしまう聖を、私は、鋭く見やる。
 すると、彼女は、肩をすくめて、眉を下げた。

「怒らないでよー」

「……あの男は、保育園から小学校まで一緒だっただけ。――中学上がる前に引っ越したから、それから一度も顔なんて合わせてないのよ」

 もう、今日だけで二桁を数える説明を聖にしながら、私は帰り支度をする。
 
「じゃあ、運命の再会?」

「やめて、今、本気で悪寒が走ったわ」

 自分の身体を抱き込み、しかめ面を見せると、聖は、つまらなそうに口をすぼめる。

「もうー……せっかくチャンスなんだからさー」

「何のよ。――大体、アイツのせいで、男嫌いになったのよ。今さら、何があるっていうのよ」

 そう言って、私は、スタスタと企画課を後にする。
 途中、すれ違う女性メンバーの好奇の目と、聖に鼻の下を伸ばす男性メンバーの視線に、辟易しながら、社屋を出た。
 すると、目の前から、元凶の姿が。

「あ、お疲れ様ですー!」

 逃げようとする私の腕に、自分の腕を絡ませ、聖はやって来た江陽に手を振った。
 一緒にいた男性メンバーは、デレた顔を隠しもしない。
 けれど、江陽は、思い切りしかめ面を見せる。

「……お、疲れ、様デス……」

 できる限りの距離を取りながら、頭を軽く下げてすれ違おうとする江陽を、聖は、楽しそうにのぞき込んだ。

「ひ、聖!」

「えっとー、これから、お時間ありますか?羽津紀との因縁、詳しく聞きたいんですけどー」

 そう言って上目遣いをする聖は、誰が見ても、あざとい。
 でも、彼女は、それを理解した上でやっているので、むしろ、堂々としていた。

「……冗談じゃねぇ」

 言われた江陽は、外だというのも気にせずに、吐き捨てるように言う。

「さ、三ノ宮くん。そろそろ、戻ろうか」

 一緒にいた男性メンバーが、慌てて、間に入ろうとするが、江陽は更に続けた。

「女嫌いだって知ってるだろ、お前。わざとかよ!鳥肌が立つから、近づくな!」

「ちょっと、江陽!いい加減に、その言い方やめなさい!」

 私は、思わず口を挟んだ。
 ――ヤツの名前を呼び捨てにしているのにも、気づかずに。

「黙ってろ、うーちゃん!」

「私の親友に、何て態度取るのよ!」

「大体、お前が男嫌いとか言い出すからだろうが!」

「はぁ⁉関係無いじゃない!」

 血管が浮き出てくるのを自覚しつつも、言葉が止まらない。

 ――ああ、そうだ。昔も、こうやって、口ゲンカばかりしていたんだ。

 私が骨を折ってから、距離を取ろうとしたら――江陽は、そうはさせないとばかりに、まとわりつき始め、イラついた私は、小一の時に、ついにキレたのだ。


 ――こうちゃん、もう、ちかづいてこないでよ!

 ――なんでだよ、うーちゃん!


 それからだ。
 ――事あるごとに、江陽がケンカを吹っかけてきたのは。


「とにかく!お前のせいだからな!」


 納得いかない捨て台詞を吐くと、江陽は、そのまま社屋に入って行った。

「……う、羽津紀……」

「……ア……イツ……ッ……!」

 怯える聖をよそに、私は怒りで真っ赤になる。

 ――もう、あんな理不尽なヤツ、近づくのも嫌!

「……もしかして……二人って、天敵だったの……?」

 私達の態度を目の前で見ていた聖は、そう、怯えるように、私に言ったのだった。

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