大嫌い同士の大恋愛
「これ以上一緒にいると、本気でマズくなりそうだから、帰るね」

 ようやく落ち着いてくれた片桐さんは、そう言って、支度を始めた。
「……善意からだと思ってるんですが」
「いや、下心もアリだけど?」
 クスリ、と、意味深に微笑まれ、私は、眉を寄せる。
「でも、本気で心配しているのは、信用してくれる?」
「――それは、してますけど……」
 それでも、いつキスされるのかと構えているのも、おかしな話だろう。
 それこそ、彼の、教育の賜物なのか。
「まあ、まだ、キミが誰を選ぶかは決まってないんだから、頑張るだけだけどね」
 私は、それにうなづく事もできず、さりげなく、答えを避けた。
「……帰り、気をつけてください」
「――うん、ありがとう」
 私の部屋から彼が出るのを見ているのなら、何をされるか、わからない。
 立岩さんの意思がわからない以上は、いつまでも安心して暮らせないのも、事実なのだ。
「羽津紀さん、明日は、外出する?」
「え、あ……」
 そう尋ねられ、我に返る。
 週末なので、一通りの食材は買っておきたい。
「……ス、スーパーくらいは……」
「そう、午前中にする?」
「で、でも、片桐さんも用事とか……」
「独り者なんだから、どうとでもなります」
 ニコリと返され、言葉に詰まる。
「今は、キミが最優先」
「……す……」
 ――みません、と、続けようとしたが、片桐さんの視線を受け、不意に思い出す。

「ありがとうございます……」

 謝るのではなく、お礼を言うと、片桐さんは私の髪を優しく撫でた。

「――うん、覚えていたね」

「ハイ」

 ――あなたに、罪悪感を持つなと教えられたからです。

 今まで、私が気にも留めなかった事を――経験した事も無かった事を、彼は教えてくれる。

 もしも――彼と結婚するのなら、また、新しい世界が広がるのだろうか。

 そう思うと、悪くないような気がしてしまう。

「羽津紀さん?」
「あ、いえ。……じゃあ、午前中で、お願いします」
「了解。今日くらいで良い?お昼は、外で食べようか。ずっと家にこもってると、息が詰まるよ?」
「そうですね」
 二人でスケジュールを共有し、片桐さんは、部屋を後にした。
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