大嫌い同士の大恋愛
マンションに到着し、来客用駐車場に車を停めると、二人で荷物を抱えて降りる。
「す、すみません、大荷物で……」
「良いよ、気にしないで。そういう予定だったんだしね」
片桐さんは口元を上げると、バッグを全部持とうとするので、慌てて手を伸ばす。
けれど、彼は穏やかに微笑みかけてきた。
「大丈夫だよ。――これでも、鍛えてますので」
「あ、え、でも」
――その、鍛えた筋肉は、一体、どこにあるんでしょうか。
思わず尋ねそうになってしまったが、本当に、軽々とバッグを持つ彼を見ると、意外と見えないところにあるんだろうかと思ってしまった。
――けれど、それを、確認する事は――無いのだ。
結局、バッグだけを持った私が先を行き、部屋のドアを開けると、ひとまず上り框に全部置いてもらった。
「そう言えば、羽津紀さん、食材、冷蔵庫入るの?」
「ああ、もう、冷凍するものはしますので」
「――さすが」
クスリ、と、笑うと、片桐さんは、キッチンまで再びバッグを運ぶ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、結構なトレーニングになったよ」
「そう、ですか」
機嫌良く言う彼に、私は、曖昧にうなづく。
――やっぱり……早く言わなきゃ、よね……。
江陽への気持ちは、まだ、よくわかっていないけれど――でも、彼への気持ちとは、違う。
――それだけは、わかったのだ。
きっかけなんて、わからないけれど――自分の中で、ヤツと向き合う事を決めたからというのが、あるんだろう。
――ようやく、素直になった?
聖の言葉が、浮かんで消える。
素直になるという事が、どういう事なのかは、正直、わかっていない。
でも、自分の気持ちが、ようやく、形づいてきたような気がしている。
私が、片桐さんに告げるタイミングを考え込んでいると、不意に、彼は、自分の胸へと私を引き寄せた。
「――か、片桐さん……?」
「――で、何か、言いたい事は?」
「……っ……」
――ああ、やっぱり、気づかれていた。
私は、彼を見上げた。
――なし崩しには、できない。
――ちゃんと、ハッキリしなきゃいけない。
「――すみません、片桐さん。……やっぱり、私、あなたとお付き合いも、結婚も、できません」
「――そう」
淡々とうなづく彼は――けれど、腕に力を込めた。
「――もう、チャンスは無いのかな?」
「……すみません……」
私は謝ると、顔を上げ、彼の腕をそっと下ろした。
「――でも、片桐さんは……ずっと、あやふやだったんですが……私には、戦友、という位置が、一番しっくりくるんです」
すると、彼は、驚いたように私を見下ろす。
「――へえ」
「すみません、私みたいなヤツが……」
「いや、そっか。――戦友、か」
これ以上無いくらいに頭を下げると、クスクス、と、笑い声が聞こえ、私は、顔を上げた。
「――ああ、残念だなぁ……。……でも、戦友、なら、恋人よりも特別感があるかもね」
「……片桐さん」
眉を下げて無理矢理微笑む彼に、何をどう言って良いのか、もう、わからない。
――こんな時、聖はどうやって、断っていたんだろう。
自分の恋愛スキルが、こんなにも未熟で、嫌になる。
「――コラ、そんな顔しないの」
「……え」
頬を撫でられ、条件反射のように、目を閉じる。
「――……これで、最後にするよ」
その言葉とともに、彼の唇が触れ――すぐに、離れていった。
「――じゃあね。これ以上、ここにいたら――何をするか、自分でもわからないから」
「――ハイ……」
そう言って、片桐さんは、部屋を後にした。
それを見送り、ドアを閉めると、大粒の涙が零れ落ちる。
――……ああ、何て、傲慢。
振った方が泣くなんて。
辛いのは――苦しいのは、きっと、片桐さんの方なのに。
けれど、罪悪感や――彼と過ごした楽しい時間、仕事の話をするときの、真剣な表情や――私を抱き締めるその温もり。
――唇の熱さが、次から次へと私を飲み込んでいく。
――気づかなかったら、良かったのか。
――気づかない振りをして――結婚すれば、良かったのか。
そんな迷いなど、きっと、彼にはお見通しなんだろうけれど――思わずには、いられなかったのは――
――私の中に、彼への好意が、確かに、あったからなのかもしれない――。
「す、すみません、大荷物で……」
「良いよ、気にしないで。そういう予定だったんだしね」
片桐さんは口元を上げると、バッグを全部持とうとするので、慌てて手を伸ばす。
けれど、彼は穏やかに微笑みかけてきた。
「大丈夫だよ。――これでも、鍛えてますので」
「あ、え、でも」
――その、鍛えた筋肉は、一体、どこにあるんでしょうか。
思わず尋ねそうになってしまったが、本当に、軽々とバッグを持つ彼を見ると、意外と見えないところにあるんだろうかと思ってしまった。
――けれど、それを、確認する事は――無いのだ。
結局、バッグだけを持った私が先を行き、部屋のドアを開けると、ひとまず上り框に全部置いてもらった。
「そう言えば、羽津紀さん、食材、冷蔵庫入るの?」
「ああ、もう、冷凍するものはしますので」
「――さすが」
クスリ、と、笑うと、片桐さんは、キッチンまで再びバッグを運ぶ。
「ありがとうございます」
「いえいえ、結構なトレーニングになったよ」
「そう、ですか」
機嫌良く言う彼に、私は、曖昧にうなづく。
――やっぱり……早く言わなきゃ、よね……。
江陽への気持ちは、まだ、よくわかっていないけれど――でも、彼への気持ちとは、違う。
――それだけは、わかったのだ。
きっかけなんて、わからないけれど――自分の中で、ヤツと向き合う事を決めたからというのが、あるんだろう。
――ようやく、素直になった?
聖の言葉が、浮かんで消える。
素直になるという事が、どういう事なのかは、正直、わかっていない。
でも、自分の気持ちが、ようやく、形づいてきたような気がしている。
私が、片桐さんに告げるタイミングを考え込んでいると、不意に、彼は、自分の胸へと私を引き寄せた。
「――か、片桐さん……?」
「――で、何か、言いたい事は?」
「……っ……」
――ああ、やっぱり、気づかれていた。
私は、彼を見上げた。
――なし崩しには、できない。
――ちゃんと、ハッキリしなきゃいけない。
「――すみません、片桐さん。……やっぱり、私、あなたとお付き合いも、結婚も、できません」
「――そう」
淡々とうなづく彼は――けれど、腕に力を込めた。
「――もう、チャンスは無いのかな?」
「……すみません……」
私は謝ると、顔を上げ、彼の腕をそっと下ろした。
「――でも、片桐さんは……ずっと、あやふやだったんですが……私には、戦友、という位置が、一番しっくりくるんです」
すると、彼は、驚いたように私を見下ろす。
「――へえ」
「すみません、私みたいなヤツが……」
「いや、そっか。――戦友、か」
これ以上無いくらいに頭を下げると、クスクス、と、笑い声が聞こえ、私は、顔を上げた。
「――ああ、残念だなぁ……。……でも、戦友、なら、恋人よりも特別感があるかもね」
「……片桐さん」
眉を下げて無理矢理微笑む彼に、何をどう言って良いのか、もう、わからない。
――こんな時、聖はどうやって、断っていたんだろう。
自分の恋愛スキルが、こんなにも未熟で、嫌になる。
「――コラ、そんな顔しないの」
「……え」
頬を撫でられ、条件反射のように、目を閉じる。
「――……これで、最後にするよ」
その言葉とともに、彼の唇が触れ――すぐに、離れていった。
「――じゃあね。これ以上、ここにいたら――何をするか、自分でもわからないから」
「――ハイ……」
そう言って、片桐さんは、部屋を後にした。
それを見送り、ドアを閉めると、大粒の涙が零れ落ちる。
――……ああ、何て、傲慢。
振った方が泣くなんて。
辛いのは――苦しいのは、きっと、片桐さんの方なのに。
けれど、罪悪感や――彼と過ごした楽しい時間、仕事の話をするときの、真剣な表情や――私を抱き締めるその温もり。
――唇の熱さが、次から次へと私を飲み込んでいく。
――気づかなかったら、良かったのか。
――気づかない振りをして――結婚すれば、良かったのか。
そんな迷いなど、きっと、彼にはお見通しなんだろうけれど――思わずには、いられなかったのは――
――私の中に、彼への好意が、確かに、あったからなのかもしれない――。