大嫌い同士の大恋愛
29.彼女は、私、なのか
 江陽と立岩さんの二人が、病院でそれぞれ処置をされている間、私は、江陽の母親――亜澄さんに連絡を取ろうと、母親に電話した。

『何、アンタ、やっと結婚決まったのかい?!』

「いい加減にして!一刻を争うのよ!!」

 開口一番、茶化すように言われ、私は、即座にキレてしまった。
 それに、ブツブツと小言を垂れ流す母親は、何事かと尋ねるが、本当の事を言えるはずもなく。

「とにかく、亜澄さんに連絡取りたいの。番号、教えてもらって良いか、確認して」

『ハイハイ。まったく、面倒な娘だね。緊急なんだろ、アンタの番号教える方が早いんじゃないの』

 そう言われ、それもそうかと、うなづく。
 母親に言われるとは――頭が完全に停止しているようだ。
 ひとまず、電話を終えると、私は、スマホを持ったまま処置室へ続く廊下に向かい、部屋の前のベンチに座る。

 ――まだ、全身の震えは止まらない。

 会社にやって来た救急車に付き添いとして乗り込んだものの、何をやっているかもわからない状態を、ただ、見守るだけしかできなかった。

 ――ただ、江陽と――立岩さんの無事を祈るだけ。

 ――たとえ、彼女に殺されかけようとも、それはそれだ。人として、他人の死を望むような真似だけはできない。

 ――私は、彼女とは違うのだから。

 うつむいたまま、小刻みに震え続ける手を握り締める。
 どうにか平静を保とうと深呼吸を繰り返してはみるが、何の効果も無かった。

 ――立岩さんの意識が戻ったら、ちゃんとケリをつけなければ。
 それは、江陽自身が、キッパリと振る事なのか――ヤツに危害を加えたという事で、警察に突き出すのか――それとも、他の方法なのかはわからないけれど。

 ――いい加減、こんな状況、終わせなければならない。

 私は、未だに、部屋の上で赤く灯っているランプを見上げる。

 ――早く、目を覚ましなさい、江陽――……。

 そう思った瞬間、手元の振動で思考は途切れた。
 スマホの画面を見ると、見慣れない登録外の番号が表示されているが、私は、通話エリアまで足早に向かうと、ためらう事なく電話に出る。

「ハイ」

『こんばんわ、羽津紀ちゃん。紀子さんから連絡もらったんだけど……緊急のご用なの?』

 先日会った時と同じような、穏やかな口調に、罪悪感が募る。
 私は、大きく息を吐くと、口を開いた。

「突然、申し訳ありません。――江陽……さん、が、今、病院に運び込まれました」

『……え?』

 キョトンとした彼女が、目に浮かぶようだ。
『――えっと、江陽が?え?どうして……?』
 徐々に混乱してきている彼女に、私は、端的に状況だけを伝える。
「とにかく、こちらに来ていただけませんでしょうか。今、処置をされてはいますが――状況が、まだ、わからないので……」
『ま、待って、羽津紀ちゃん。江陽に何があったの?!今、どこにいるの?!』
 だんだんとパニックになっていく様子を申し訳無く思うが、とにかく、来てくれとしか言えない。
 すると、不意に、電話の向こうの様子が変わった。
『お電話代わりました、三ノ宮です。――羽津紀さん、ですか』
 どうやら、三ノ宮社長と一緒だったらしい。
 様子のおかしい亜澄さんを案じてか、電話を代わったようだ。
「お久し振りです。申し訳ありませんが、至急、来ていただきたいのですが」
 私がそう切り出すと、何かを察したのか、三ノ宮社長は病院の場所を聞き、すぐに向かう、と、言って通話を終える。
 緊張で泣きそうになるが、震え続ける全身を抱え、うつむいて深呼吸を繰り返した。

 ――……江陽……。

 目を閉じれば――何故か、アイツの真剣な表情と温もりが思い浮かび、涙がこぼれた。
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