大嫌い同士の大恋愛
 その、不穏な空気をいぶかしげに思い、私は、亜澄さんを見やる。
 彼女は、うつむきながら、三ノ宮社長の腕を、上着にシワが寄る程に握り締めていた。
「あ、亜澄さん……?」
「――何で、いつもいつも、あの子ばかりっ……!あの子が、何をしたって言うのっ!」
 その言葉に違和感を覚え、私は、三ノ宮社長を見やる。
 彼は、眉を下げると、亜澄さんの肩を叩き、私の隣に座らせた。
「――家内が取り乱しまして、申し訳ありません。――……江陽は、こういった事は、初めてではないので……」
「え」
 目を丸くする私と聖に、三ノ宮社長は、ヒザをついて亜澄さんをなだめながら、言った。

「――高校の頃、ストーカー被害が多々ありまして……犯罪スレスレの事態にも、発展したケースもいくつかあったんです」

「――え」

「つきまといや、家の特定。それくらいなら、まだ、可愛げがあると思えるほどです。――その中の一人に、かなり精神的に追い詰められてしまいまして……」

 私は、青い顔の江陽を思い出す。
 ――キャラづけどころじゃない。
 ――トラウマじゃないか。

「……こ、江陽さん、は、女嫌いと言ってましたが……」
「ええ、原因はその経験でしょう」
 三ノ宮社長は、立ち上がると、眉間のシワを深くした。

「――決定的になったのは――監禁された時からです」

「――は?」

 ――”監禁”……⁇

 その耳慣れない言葉に目を丸くすると、三ノ宮社長は、吐き捨てるように続ける。

「一人――社会人の女性だったか、自宅に江陽を連れ込み、一週間ほど、監禁状態でした」
「……な……」

 ――何それ。

 そんな言葉しか浮かばないほどに、衝撃が走った。

「あの子の見た目にしか興味が無い女が群がるのが、我慢できなかったと言っていましたがね。――私達にとっては、その女も同じですよ」
「……えっと……今、その(ひと)は……」
「警察のお世話になりまして、前科持ちです。家族に連れられて、逃げるように遠方に引っ越していきましたが、今も、定期的に探偵に動向調査をさせてます。二度と、あんな目に遭わせたくなかったので」

 ――なのに、今度は、会社内でだ。

 何で、アイツは、そういう女を引き寄せるのか。

 すると、ガラリ、と、処置室の扉が開き、私達は、一斉にそちらを向いた。
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