大嫌い同士の大恋愛
「ご家族の方は、いらっしゃいますか」

 処置が終わったのか、年配の男性医師が部屋から出てくると、私達へと尋ねてきた。
「私どもです。――お世話になりました。……息子の容態は――」
 三ノ宮社長が、そう、医師に尋ねると、思いもよらない言葉を返された。

「――男性の方は、薬の服用はありませんでしたよ」

「――え」

「後頭部に大きな裂傷があったので、おそらく、何らかの理由で頭を強打し、意識を失ったのだと」

 傷の処置自体は終わったが、頭という事もあって、念の為、検査入院が必要だと、医師は続けた。
「そ、そう、ですか……。……ありがとうございました――……」
 ひとまず、薬の服用自体は無かったとあって、場の張り詰めた空気がほんの少し和らぐが、続く言葉に、再び緊張が走る。

「ただ、女性の方は、大量の睡眠薬を服用しておられまして――すぐに処置をする必要がありましたので、ご家族の方に説明をしたいのですが……」



 その後、三ノ宮社長経由で、ウチの社長に連絡をしてもらい、立岩さんの両親が病院に駆け込んできたのは、翌朝だった。
 事情を知った彼等の、病院内に響き渡るほどの怒号を遠くに感じながら、私は、処置室から個室に移動した江陽に付き添っていた。
 三ノ宮社長は、亜澄さんを落ち着かせるのに手一杯だったようだし――何より――私が、そうしたかったのだ。

 ――素直になった?

 そう、聖に言われた事を思い出す。
 その聖は、また、昼くらいに来ると言って、一旦、マンションに帰って行った。
 もう、空も白んできてはいるが、眠気は一切無く。
 私は、大きなベッドに横たわったまま、目を閉じている江陽を、ただ、見つめ続けるだけ。
 どうやら、コイツの出自が知られたようで――当てがわれたのは、最上階、VIP専用個室。
 おかげで、部屋に着いてからは、何の騒音も無く、静かなままだった。

 ――……いい加減、目を覚ましなさいよ。

 いつになっても起きない江陽を不安に思い、その度、呼吸を確認し――そして、安堵する。
 その、繰り返し。
 私は、そっと、ヤツの手に触れると、独り言のようにつぶやいた。


「――……そろそろ、起きなさい……こうちゃん……」


 ――昔、お昼寝の時間が終わっても、いつまでも私にくっついて眠っていた江陽を、先生と一緒にそんな風にたしなめながら起こしていた事を思い出し――泣きたくなる。

 今までだったら、腹立たしく思っていたのに。

 ――……それは、コイツが、起きるという根拠の無い確信があったから。

 ……子供だった私には、それが、当たり前で――。

 けれど、今、その保障は、何も無いのだ――……。
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