大嫌い同士の大恋愛
 今度こそ病室を後にした私は、そのまま出勤する事にした。
 部屋にいたら――何だか、フワフワして、落ち着かない気がして。
 仕事も溜まっているだろうし、気が紛れるだろう。
 そう思ったのだが、会社に着いた途端に、すれ違う人達みんな、ギョッとして私を見ては、コソコソと去って行く。
 それに眉をひそめながら、企画課のドアを開けると、一瞬で、ざわつきが起きた。

 ――……もしかして……もう、いろいろと広まっている……?

「――……おはようございます」
 私は、あくまで通常仕様で挨拶をしながら、部屋に入る。
「な、名木沢クン!ち、ちょっと、ちょっと!」
 すると、その途端に神屋課長がやって来て、私を打ち合わせスペースまで引きずって行った。
「おはようございます、課長」
 淡々と返すと、課長は勢いよく尋ねる。
「キ、キミ、大丈夫なの⁉三ノ宮クンは⁉」
 その問いかけに、やはり、と、いう思い。
 どこまで広まっているのかは不明だが――課長の態度から、大体の事情は知られているのだと悟る。
「――お騒がせしました。三ノ宮さんは、目が覚めました。一応、再検査もありますが、元々異常無しだったので、すぐに退院できるのではと」
 そう事実を報告すると、課長はようやくホッとしたようで、苦笑いでうなづいた。
「……そう。……まあ、二人、命に別条無くて良かったよ」
「申し訳ありませんでした」
「いや、キミも三ノ宮クンも被害者だから。謝る事じゃない」
「でも、仕事を放りっぱなしで……」
「大丈夫。全部、先にオレが目を通したから。キミは、最終確認だけお願い」
「――ハイ」
 私は、課長にうなづくと、深々と頭を下げ、自分の席に着く。
 思っていたよりも書類の数が無いのは、そういう事だからなんだろう。

 ――でも……。

「名木沢さん、おはようございます」

「――おはようございます、片桐さん」

 頃合いを見計らい、片桐さんがいつも通りにやって来たので、ぎこちなくならないように、挨拶をする。
 彼は、ニコリ、と、いつものように微笑み、小声で私に言った。

「――僕が帰った後、大変だったみたいだね」

「……やっぱり、広まってましたか……」

 すると、彼は、苦笑いで首を振る。

「広まったというか――社長直々に、全社一斉朝礼で通達されたからね」

「え」

 私は、思わず片桐さんを見上げると、気まずそうに微笑まれた。
「――社長から、簡単に事情の説明と、これ以降の対応が指示されたよ。さすがに、警察が介入してるから、会社の弁護士と話し合うけど、ヒラの僕達には、緘口令が敷かれたからね」
「……そう、ですか……」
 おそらく、三ノ宮夫妻が病院に残っていたのは――警察への対応などもあったせいなのだろう。
 私と江陽には、何も伝えられていないけれど、普通に考えれば、殺人未遂の連続なのだから。
「――まあ、気にするなとは言えないけれど、仕事は仕事だからね」
「ハイ」
 片桐さんにうなづいて返し、私は、さっそく、彼の持って来た企画書の山を受け取った。
「キミが休んでいる間、みんな、結構、頑張ったよ?」
 そう言って、彼は、微笑む。
「……承知しました」
 そして、うなづいた私の肩を、ポン、と、叩いた。

「――これからも、よろしくね。”戦友”として」

 瞬間、顔を上げるが、既に片桐さんは、自分の席に戻って行くところだった。


 ――胸は、まだ、痛い。

 ――けれど――自分の選択を後悔したら、それこそ彼に失礼だ。


「――……よろしくお願いします」


 ――”戦友”として、ともに、頑張っていきましょう。 


 そう、心の中で、彼に伝えた。
< 141 / 143 >

この作品をシェア

pagetop