大嫌い同士の大恋愛
「羽津紀ー!出勤したなら、メッセージちょうだいよー‼」

 お昼ご飯を持って企画課に突撃してきた聖に、私は、眉を下げた。
「ごめんなさい、急だったから」
「でも、でも、江陽クン、目が覚めて良かったね」
 そう言われ、一瞬で硬直。

 ――聖には、言った方が良いの……よね……。

 あれだけ巻き込んで――そして、蚊帳の外では、申し訳無い。

 私は、コンビニで買ったお弁当を抱え立ち上がると、彼女を見上げる。

「羽津紀ー?」

「……あ、あのね、聖……」

「うん?」

「――……わ、私……こ、江陽と……その、お、付き合い……する、事に……」

 つっかえながらも、そう伝えた瞬間、聖は、その美貌が台無しになりそうなほどに、目と口を大きく開いた。
「……ホ、ホントに?!」
「え、ええ……」
「そっか!――片桐さんは、ちゃんと納得してくれたの?」
 声を潜めて尋ねる彼女に、私は、しっかりとうなづく。
「――大丈夫」
 すると、ホッとしたように返された。
「そっかぁ!良かったねぇ!」
「……ひ、聖は……その……」
 ――一時は、江陽に本気で惹かれていたのだ。
 気まずくならないと言ったら、ウソだ。
 けれど、彼女は、こちらが見惚れるほどの笑みを見せる。
「大丈夫ですー!……これでも、恋愛経験は、羽津紀よりも上だもん」
「……聖」
「ああ、でも、やっぱり、こんな風な大恋愛は経験無いから、ちょっと、うらやましいかもー」
「だっ……⁉」
 その言葉に、全身熱を持ってしまい、縮こまってしまう。
「お、大げさね」
 私がうつむきながら言うと、聖は、アハハ、と、笑う。
「だから、気にせずに幸せになるんだよ?」
「ええ。――ありがとう」
 聖は、満足したようにうなづくと、お腹が空いた、と、私を休憩室へと引きずって行ったのだった。



 その後、退職した立岩さんがどうなったのかは、わからない。
 けれど、江陽が言うには、精神的に不安定だったから、ご両親と一緒に静養するという名目で、どこかに引っ越したそうだ。

「お前は、何も気にするな」

 江陽は、部屋のど真ん中に腰を下ろすと、コーヒーを持って来た私を見上げた。
 ようやく来週から復帰するヤツは、その前に、と、私の部屋にやって来たのだ。

「――……ええ。……まあ、そうなんだけど……でも、彼女、立ち直れるかしら……」

 あれだけの事をするくらい――江陽が好きだったという事実は、今でも、私の心の奥にベタリと貼り付いている。
 ――私は……それほどまでに、コイツを好きかと問われれば、まだ、自信が無い。

 すると、江陽は、隣に座った私を抱き寄せる。
「――それは、もう、オレ達の知るところじゃねぇ。――お前が不安なら、オレが、全力で振り払ってやるから」
 そう言って、キスをしてきたので、大人しくされるままになる。
 そして、そっと離れると、私は、ヤツの胸に顔をうずめた。
「――……うん。……ありがとう……江陽……」
「……おう」
 江陽は、少しだけ照れながらうなづくと、私の髪を撫でる。
 そして、気まずそうに続けた。
「――あの後……親父と母さんと――少し、話した」
「え」
 私が顔を上げようとすると、ヤツは、させまいとばかりに腕に力を込める。
「こ、江陽!」
「――……会社(ウチ)を継ぐとかは置いといて……一度、実家に帰ろうと思う」
「――え?」
「――まあ、お前に言われたからってのもあるが……家族で、一緒に暮らす時間を持ってみようか、ってコトになった」
 今度こそ、私は、ヤツの腕から逃れ、赤くなっているその顔をマジマジと見つめた。
「……本当に?」
「――……ああ。……親父は、少しの間、仕事量抑えるって言ってたからな」
 私は、真っ直ぐに見つめ返す江陽に微笑んだ。
「……良かったわね」
「……良かった、は、良かったけど……まあ、すぐに離れるだろ」
 けれど、そうあっさりと言われ、私は、眉を寄せてヤツを見上げた。
「ちょっと、不穏な事言わないでよ!アンタ……」
 せっかくの機会、大事にしないと――そう言おうと思ったが、先を越された。


「だって、新婚早々、同居とか――嫌だろ、羽津紀?」


「――……へ??」


 あまりの事に、マヌケな返事しか返せない。
 江陽は、そんな私を楽しそうに見つめる。
「何だよ、しないのかよ、結婚?」
「ちょっ……そ、それはっ……そのっ……」
 ――またコイツは、大事な事をサラッと当然のように!
 動揺のあまり、もう、口をパクパクとするしかできない。

「――……嫌、なのか……うーちゃん?」

 江陽は、甘えるように、眉を下げて私をのぞき込む。
 その表情が――愛おしく思えてしまうのは、もう、重症だろう。


「――嫌なんて、言ってない!」


 私は、そう叫ぶと、ヤツの頬を思い切り引っ張ったのだった。
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