大嫌い同士の大恋愛
5.男ではなく、人として
一瞬にして、休憩室は、しん、と、静まり返った。
私の頭は、目の前で穏やかに微笑んでいるこの男が、何を言ったのか――理解するのを完全に拒否する。
「――名木沢さん?」
「――ハイ?」
何事も無かったかのように返す私に、片桐さんは、苦笑いで続けた。
「……えっと、冗談だと思われたかな?」
「――……空耳が聞こえた気がしましたが。私の気のせいですよね」
そう、取り繕うように言うと、目の前のお弁当をそそくさと片付ける。
そして、立ち上がると、九十度に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、お先に戻らせていただきます」
「え、あ」
周囲の好奇の視線をよそに、私は、平然と休憩室を出ると、早足で歩き始める。
――……うん、気のせいだ。
――何を好き好んで、男嫌いを宣言している私と付き合いたいと思うだろうか。
エレベーターを使わずに、頭を冷やそうと、休憩室のある二階から階段を上って行く。
私は、足元を見つめながら、どうにか納得できる理由を考えるが――正直、何も思いつかない。
――……ああ、もう、急にいろいろありすぎなのよ。
それもこれも、全部、江陽のせい。
そう責任を押し付けてしまいたくなるほどに、私の周りが騒がしくなってきた気がした。
「……江陽のバカ……」
「――ンだよ、急に」
まさか、独り言に返事が来るとは思わず、私は、驚きで跳ね上がってしまう。
そして、振り返れば、階段の下から当の本人の姿が現われた。
「……な、何よ」
「いや、何、はコッチのセリフだ。……オレが何かしたかよ」
眉を寄せて見上げられ、条件反射のように、顔をしかめて返す。
「関係無いわよ。放っておいて」
「羽津紀」
「会社で、名前で呼ばないでよ。変な勘ぐりされると迷惑」
「――……名木沢サン」
「何か用なの」
そう返せば、少しだけ気まずそうに私に視線を送り、江陽は階段を上って来る。
そして、踊り場で追いつくと、立ち止まった。
「……何なのよ、一体」
「さっきの、どうするんだよ」
「どうって」
「――付き合うのかよ、あの班長と」
そう言えば、コイツも、あの場に一緒にいたのだと思い出す。
私は、あきれながら、大きく息を吐く。
「あのねぇ、男嫌いって言ってるでしょうが。――付き合う訳無いでしょう」
「……本当に?」
「うるさいわね、放っておいてよ」
すると、江陽は、ゴニョゴニョと、口ごもりながら何か言い始める。
「何よ、言いたい事はハッキリ言いなさい。本当、面倒な男ね」
「う、うるせぇな!お前にだけは言われたくねぇ!」
「何ですって⁉」
――誰が、面倒だって⁉
アンタにだけは、言われたくないわ!
私は、そう続けようとするが、
「ハイハイ、もう、ホント仲が良いんだか、悪いんだか」
不意に割り込まれ、言葉を飲み込むと、階段下を見下ろす。
困ったように笑いながら上ってきた聖に、私は、顔をしかめながら返した。
「どうやったら、仲が良いように見えるのよ、アンタは」
「ケンカするほど?」
「都市伝説よ」
ケンカするってコトは、仲が悪いに決まってるでしょうが。
聖に免じて、私は、江陽を置いて五階へと向かう。
「おい、う――名木沢サン」
「休憩が終わるので、戻らせてください」
そう言い捨て、私は、階段を上って行く。
江陽は、聖が引き留めたのか、追いかけては来なかった。
私の頭は、目の前で穏やかに微笑んでいるこの男が、何を言ったのか――理解するのを完全に拒否する。
「――名木沢さん?」
「――ハイ?」
何事も無かったかのように返す私に、片桐さんは、苦笑いで続けた。
「……えっと、冗談だと思われたかな?」
「――……空耳が聞こえた気がしましたが。私の気のせいですよね」
そう、取り繕うように言うと、目の前のお弁当をそそくさと片付ける。
そして、立ち上がると、九十度に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、お先に戻らせていただきます」
「え、あ」
周囲の好奇の視線をよそに、私は、平然と休憩室を出ると、早足で歩き始める。
――……うん、気のせいだ。
――何を好き好んで、男嫌いを宣言している私と付き合いたいと思うだろうか。
エレベーターを使わずに、頭を冷やそうと、休憩室のある二階から階段を上って行く。
私は、足元を見つめながら、どうにか納得できる理由を考えるが――正直、何も思いつかない。
――……ああ、もう、急にいろいろありすぎなのよ。
それもこれも、全部、江陽のせい。
そう責任を押し付けてしまいたくなるほどに、私の周りが騒がしくなってきた気がした。
「……江陽のバカ……」
「――ンだよ、急に」
まさか、独り言に返事が来るとは思わず、私は、驚きで跳ね上がってしまう。
そして、振り返れば、階段の下から当の本人の姿が現われた。
「……な、何よ」
「いや、何、はコッチのセリフだ。……オレが何かしたかよ」
眉を寄せて見上げられ、条件反射のように、顔をしかめて返す。
「関係無いわよ。放っておいて」
「羽津紀」
「会社で、名前で呼ばないでよ。変な勘ぐりされると迷惑」
「――……名木沢サン」
「何か用なの」
そう返せば、少しだけ気まずそうに私に視線を送り、江陽は階段を上って来る。
そして、踊り場で追いつくと、立ち止まった。
「……何なのよ、一体」
「さっきの、どうするんだよ」
「どうって」
「――付き合うのかよ、あの班長と」
そう言えば、コイツも、あの場に一緒にいたのだと思い出す。
私は、あきれながら、大きく息を吐く。
「あのねぇ、男嫌いって言ってるでしょうが。――付き合う訳無いでしょう」
「……本当に?」
「うるさいわね、放っておいてよ」
すると、江陽は、ゴニョゴニョと、口ごもりながら何か言い始める。
「何よ、言いたい事はハッキリ言いなさい。本当、面倒な男ね」
「う、うるせぇな!お前にだけは言われたくねぇ!」
「何ですって⁉」
――誰が、面倒だって⁉
アンタにだけは、言われたくないわ!
私は、そう続けようとするが、
「ハイハイ、もう、ホント仲が良いんだか、悪いんだか」
不意に割り込まれ、言葉を飲み込むと、階段下を見下ろす。
困ったように笑いながら上ってきた聖に、私は、顔をしかめながら返した。
「どうやったら、仲が良いように見えるのよ、アンタは」
「ケンカするほど?」
「都市伝説よ」
ケンカするってコトは、仲が悪いに決まってるでしょうが。
聖に免じて、私は、江陽を置いて五階へと向かう。
「おい、う――名木沢サン」
「休憩が終わるので、戻らせてください」
そう言い捨て、私は、階段を上って行く。
江陽は、聖が引き留めたのか、追いかけては来なかった。