大嫌い同士の大恋愛
 終業後、結局、聖もついてくるコトになり、四人で社員通用口へ向かう。
 その途中、緊張感のあるざわつきが、耳に届いた。
 私は、聖を見やり、そして、片桐さんを見上げる。

 ――これは、まさか。


「おおー!ウチのエース発見‼」


 正面玄関からの上機嫌なしゃがれ声に、江陽以外が固まった。

「え、お、おい、どうした、羽津紀?」

 戸惑う江陽をよそに、私達はその場で姿勢をただす。

「――お疲れ様です……社長(・・)

 代表して片桐さんがそう挨拶し、全員で頭を下げる。
 江陽も気がついたのか、それに倣った。
 目の前にやってきた社長――七海(ななうみ)松之助(まつのすけ)、御年七十歳は、年齢をまったく感じさせない、明るい青系のスーツを着こなし、軽い足取りで私達の前にやってきた。

「お疲れー、片桐君。美人引き連れて、どこ行くのかな?」

 興味津々にのぞき込まれ、片桐さんは、少々引きつりながらも事情を説明する。
 すると、その瞬間、社長の目が爛々と輝いた。
 私は、冷や汗交じりに、斜め後ろにいた聖に視線を向けた。

 ――……ヤバイわね、コレ。

 ――うん。アウト。

 目で会話が成立してしまう。

「片桐君ー、ズルいなー。この爺さんも、美人とデートに行きたいなあ」

 ――ああ、予想通り。

 すると、江陽が恐る恐る口を挟んだ。

「あ、あの……もう、終業後ですので……」

 その言葉に、今、気がついた、とばかりに、社長は江陽を見やった。
 年齢の割には、身長もあり、体格も良いので、ヤツには引けを取らない。
 いや、その年齢の分、纏う空気に圧を感じるのは――社長という事を差し引いても、気のせいではないだろう。

「ええっと、新人くん?」

「か、関西支社から異動になりました、三ノ宮江陽です」

 少々たじろぎながらも頭を下げる江陽を、社長は、驚いたように見やった。

「――”三ノ宮”?」

「ハ、ハイ」

 何故か、ギクリ、と、したように身体をこわばらせた江陽に、社長は、何かを悟ったようにうなづいた。
「そうか、そうか。聞いてるよ。じゃあ、全員でダブルデートだったのかな?」

「――ですから、新製品の試作品を確認に向かうと申し上げましたが、聞いていらっしゃいましたか、社長?!」

 あまりに人の言うコトに耳を貸さない社長に業を煮やしてしまい、私は、思わずイラつきを口に出してしまう。

 すると、さすがにその場にいた――ギャラリーも含め――全員の空気が凍った。


 ――あ、マズい。


 けれど、社長は、ニコニコとうなづいた。
「ハイハイ、済まないね、名木沢さん。(ジジイ)はお呼びでないよね」
 その表情とは裏腹の拗ねたような物言いに、片桐さんが、私の背中を軽く叩いた。
 私は、チラリと彼を見上げ、眉を下げる。

 ――ああ、もう、あきらめろ、ってコトですか。

「……わかりました。……社長も、ご一緒していただけますか……」

 その言葉に、ニッコリとうなづかれる。
 もう、すべてが計算づくなのだ、この人は。

「もちろん!全員でデートだねぇ」

「……それだけは、否定させてください」

 しかめ面をしてしまう私を、社長は楽しそうに見やり、うなづく。

「じゃあ、差し詰め――工場見学ってトコかな?」

 ――……ああ、もう、どうしてこうなった……。

 私が肩を落とすと、聖がなだめるように、頭を撫で、男二人は眉を下げたのだった――。
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