大嫌い同士の大恋愛
8.心境の変化についていけない
 自分の部屋へたどり着いた私は、鍵をガチャガチャと急いで開ける。
 そして、中に入り、すぐに施錠した。
 瞬間、一気に、身体中の力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 ――心臓が、おかしいくらいに、鳴っている。

 私、このまま死んじゃわないわよね?

 深呼吸を数回して、どうにか落ち着くと、江陽が掴んでいた左腕を見やる。
 袖をまくれば、赤い痕。

 ――……あんな馬鹿力で掴むから……。

 脳裏に、江陽の顔が浮かび、反射で首を振る。
 人生初のキスだったのに、何だか、とんでもない記憶に書き換えられてしまった。

 ――いや、別に、片桐さんとのキスを特別視している訳ではないけれど。

 世間並の経験をしてこなかった私には、想像の範囲を出る事が無かった恋愛のアレコレに興味が持てるはずもなく。
 完全に、傍観者としての立ち位置だったのに。

「――……江陽のバカ……」

 それだけ絞り出すように言うと、私は、そのままベッドへ向かい、かろうじて上着だけ投げ捨てると、突っ伏して眠ってしまった。



 ――こうちゃん、引っ越すんだって。

 小学校もいよいよ終了間近というあたりで、母親が、世間話のように私に言った。

 ――ふぅん。

 ――さみしくなるわね、羽津紀。

 ――別に。

 その頃には、もう、完全に学校でしか顔を合わせておらず、私は男子全体を避けていたので、江陽と接する機会もほとんど無く。
 そんな話題も、今の今まで、耳に届く事は無かった。

 ――こうちゃん、何か、言ってなかった?

 私の様子をうかがいながら、母親が尋ねたが、首を振るだけ。

 ――別に、何も。

 その時の母親の微妙な表情は、何故か、記憶に残っていたが。



 ――うーちゃん!

 卒業式も終わり、それぞれ家族や友達と集まり、この後の懇親会の会場へと移動を始める。
 私は、久し振りにママ友と顔を合わせ、話に花が咲いている母親を、校門の辺りで、一人、待っていた。

 すると、若干ダボついた中学校の学ランを着た江陽が、卒業証書を握り締め、私のところまでやってくる。

 私は、逃げるように、一歩下がった。

 それに気がついた江陽は――少しだけ、泣きそうな表情を見せる。

 ――……あ、あのさ、オレ……。

 ――何。

 そっけなく返せば、ヤツは、唇を噛んで下を向く。

 ――用が無いなら、近づかないで。

 ――オ、オレ、引っ越すんだ……。

 ――聞いたわよ。

 ――……うーちゃん……もう、会えない……?

 ――そうね。どこに引っ越すかなんて知らないし。まあ、二度と会わないでしょうよ。

 我ながら、相当突き放した物言いに、ほんの少しだけ罪悪感が生まれるが、あの時の怒りは、まだ、自分の中でくすぶっていて。
 小学校も二クラスだけだったから、どんなに嫌でも、完全に縁を切る事はできなかった。
 だから、これで、ようやく離れられると思ったのに。

 ――……うーちゃん……オレ、引っ越しても、うーちゃんに会いたい。

 涙目で訴える江陽から、私は、顔を逸らす。
 そんなコト言われても、嫌に決まっているだろう。

 ――私は、会いたくない。

 ――じゃあ、どうすれば、会ってくれる?!

 会いたくないと言っているのに、どうしてわからないのか。
 イラつきながら、怒鳴ろうとした時、母親から声がかかった。

 ――羽津紀、そろそろ会場に移動するわよ!

 それにうなづいた私は、江陽に背を向ける。

 ――うーちゃん!

 ――ああ、もう、しつこい!

 半ば嫌気が差し、つい、適当な言葉であしらった。


 ――じゃあ、こうちゃんが、中身も外見もカッコよくなったら、会っても良いわよ。
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