大嫌い同士の大恋愛
「羽津紀ー、どうしちゃったの⁉」

「……仕方ないのよ」

 帰り際、今朝から会う機会が無かった聖は、私が片桐さんと食事に行くと告げると、驚きで目を見開き、口をポカンと開けた。
 そんな表情も綺麗に見えるのだから、一般的には、うらやましいだろう。
 けれど、誤解を恐れずに言うなら、私にとっては、それすらも目の保養だ。
 ――別に、男嫌いだからといって、女性が恋愛対象という訳ではないが。
「え、じゃあ、付き合うコトにするの⁉」
「それとこれとは、別問題」
「同じだよぅー」
 聖は、眉を下げながら、私に抱き着く。
「ああー、ついに羽津紀も人のモノになっちゃうんんだー」
「だから、違うって言ってるでしょうが!」
 本当に、このコは、恋愛ゴトになると人の話を聞かない。
「あ、でも、片桐さんなら、優しくして(・・)くれそうかー」
「……聖……アンタ、今、何か、別の意味含んでなかったかしら?」
「べーつにぃー」
 そんなコトを言い合いながら、私は、社屋を出る。
 すると、社員通用口を出てすぐのところで、スマホをチェックしながら、片桐さんは立っていた。
 その佇まいは、スマートな大人の男性で、通りを行き交う一般人や、会社から帰る途中の女子社員の視線を一手に引き受けている。
「まあ、今日は様子見ってトコ?」
「――……だから、付き合う前提じゃないの」
 あくまで、意向のすり合わせをしたいだけだ。
「まあまあ。もしかしたら、ってコトもあるでしょ?――アタシみたいに(・・・・・・・)
「え」
 私が聖を見上げると、含み笑いで返される。
「……聖?」
「――えっとね、やっぱり、フリじゃ、嫌かな、って」
「……え?」
 彼女は、ふふ、と、見惚れるような笑顔を見せて言った。

「――アタシ、江陽クンのコト、本気になっちゃったみたいー」

 ――……は??

「ヤダ、羽津紀ー。スゴイ表情(カオ)ー!」
 聖は、そう言って、よしよし、と、帰る前に整えてくれた、ボサボサだった私の髪を撫でるフリをする。
「――……聖、アンタ、また……」
 引きつりながらも尋ねる。
 江陽なんて、聖にふさわしくない。
 あんな、小学生男子になんて、もったいない!
 そう言おうすると、彼女は、私に笑いかけ、首を振る。

「――何か、江陽くんはさ、今までの男とは違うんだー」

「……聖?」

 いぶかしげに見る私に、彼女は、続ける。

「だって、アタシの美貌に、少しも動揺しないんだよ?――普通の女として、接してくれるんだ」

 言っているコトは自信満々だけれど――聖の表情は、至って真面目だ。

「ひ、聖……」
「名木沢さん、どうかしたのかな?」
 すると、私達が立ち止まって動こうとしないのを不審に思ったのか、片桐さんがやって来て尋ねた。
「あ、い、いえ。……すみません……」
「いや、予定は大丈夫なのかな?」
「はぁーい!お邪魔虫は退散しまーす!」
 聖は、私を、片桐さんに押し付ける。
「きゃっ……」
「うわ、だ、大丈夫?」
 それを簡単に受け止めてくれた彼を見上げ、私は、眉を下げると、うなづいた。
「す、すみません。――聖!」
「じゃあ、ごゆっくりー!」
 ――帰ったら、お説教しなきゃ!
 私は、ウキウキしながら、周囲の視線を独り占めして帰って行く聖を見送る。
 すると、片桐さんは、そっと私を離して見下ろした。

「――じゃあ、行こうか」
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