大嫌い同士の大恋愛
9.友情の方が大事なのに
無言のまま食事を終え、片桐さんと店を出る。
「名木沢さん、大丈夫?」
「……すみません。――今日は、帰ります」
「送ろうか」
「いえ。大した距離でもないので」
そう言って深々と頭を下げると、マンションの方向へと歩き出す。
片桐さんは、追いかけて来ることもなかった。
――何で――……こんなモヤモヤするの。
聖が、江陽のコトを本気で好きなら、親友として応援するしかないじゃない。
そう、自分に言い聞かせるけれど、本当は――二人の姿を見たくない。
誰が見てもお似合いな”恋人”。
――……どれだけ、江陽が女嫌いだと騒いだところで、聖が本気になったら、きっと、好きになる。
――……きっと――……。
「羽津紀!」
「――え」
一瞬、空耳かと思い、立ち止まる。
けれど――。
「待て、羽津紀!」
振り返れば、全速力で走って来る江陽。
今までだったら、無視して足を進めるはずなのに。
――何故か、できなかった。
「――……な、何……」
私が、視線を逸らしながら言うと、江陽は、グイ、と、左腕を取る。
「ちょっ……」
――けれど。
「――……昨日は……悪かった」
「……え??」
瞬間、私は、自分の耳を疑う。
――この男が謝った?
江陽は、そのまま、私の腕を優しく撫でた。
「こ、江陽?」
「……痛かったよな。――……痕になったか」
そう言って、私を見下ろすヤツを、見られない。
うつむく私は、かすかにうなづくだけだ。
「……薬とか……わからねぇけど、いるか?」
「――別に」
「……そうか」
しおれたように、江陽は、うなづく。
その、昔からは想像もつかない姿に、私は、恐る恐る顔を上げた。
すると、眉を下げたヤツと目が合い、心臓がバクバクと鳴り始める。
――ち、ちょっと待ってよ!
――何で、こんな――……。
けれど、うろたえているところを見せたくなくて、視線を逸らす。
「……ごめん……うーちゃん」
昔のような言い方で謝る江陽は、私の腕を撫で続ける。
「……い、いいから、離してよ……」
「ちゃんと謝らせろよ」
「らしくないコトしないで」
私を突き飛ばした時だって、謝らなかったクセに。
それどころか、動こうとすらしていなくて――……。
そう思いかけて、顔を上げ、あの時の、おぼろげな記憶をたどる。
――うっすらと覚えているヤツの顔は――強張ったまま真っ青だった。
――……あれ……?
私は、ヤツをうかがうように見やり、尋ねた。
「……アンタ……もしかして……あの時、動けなかったの……?」
その問いかけの意味がわかったのか、江陽は、気まずそうに視線を逸らし――けれど、手は止めずにうなづいた。
「……当たり前だろ。……あんな、痛そうな顔させて、ガキが、平然とできるワケねぇだろ」
「――何を、偉そうに……」
「それに、骨折ったってのは、お前が連れて行かれた病院に行った時に知ったんだよ」
「え?」
「保育園から連絡がもらった母親が、血相変えてオレ連れて、病院まで謝罪に行ったんだけど。知らなかったのかよ」
私は、緩々と首を振る。
どれだけ記憶をたどっても、そんな事実は無かった。
「その時は、治療中だったんじゃないの。私、何も聞いてないもの」
「――そうか。……まあ、当然か。娘を大ケガさせたんだから」
「……別に……母親は、それどころじゃなかったんじゃないの」
下の妹が生まれて二年もしないうちに、父親と死別したのだ。
日々の生活が精一杯で、そんな中での私の骨折。
謝罪がどうこうなんて、気にしている場合ではなかったのだろう。
「――そうか……」
江陽は、気まずそうにうなづくと、ゆっくりと私の手を離した。
そして――そのまま頭を下げる。
「……は……???」
一瞬にして、目は点。頭は真っ白。
そんな私に構わず、江陽は言った。
「――あの時は、悪かった」
「え……⁇」
「ちゃんと、謝ってなかったから――」
私は、反射で後ずさる。
それに気づいた江陽は、身体を起こし、眉を寄せた。
「――羽津紀?」
「やっ……やめてよね、今さらっ……!」
「今さらだけどよ、事あるごとに言われるのも嫌なんだよ」
「事実でしょう!謝ったところで、変わらないわよ」
そう言い捨て、私は、ヤツに背を向けようとするが、肩を掴まれる。
「羽津紀!」
「いい加減、お店に戻りなさいよ。”彼氏”なのに、聖を置いて来た訳?」
「……そ、それは、その……」
言葉を濁そうとする江陽を、にらみ上げ、その手を振り払う。
「聖を放っておかないで」
「羽津紀」
「――私、男は嫌いだけど――いい加減な男は、大っっ……嫌いなの」
私は、そう言い捨てると、今度こそマンションへと足を進めた。
「名木沢さん、大丈夫?」
「……すみません。――今日は、帰ります」
「送ろうか」
「いえ。大した距離でもないので」
そう言って深々と頭を下げると、マンションの方向へと歩き出す。
片桐さんは、追いかけて来ることもなかった。
――何で――……こんなモヤモヤするの。
聖が、江陽のコトを本気で好きなら、親友として応援するしかないじゃない。
そう、自分に言い聞かせるけれど、本当は――二人の姿を見たくない。
誰が見てもお似合いな”恋人”。
――……どれだけ、江陽が女嫌いだと騒いだところで、聖が本気になったら、きっと、好きになる。
――……きっと――……。
「羽津紀!」
「――え」
一瞬、空耳かと思い、立ち止まる。
けれど――。
「待て、羽津紀!」
振り返れば、全速力で走って来る江陽。
今までだったら、無視して足を進めるはずなのに。
――何故か、できなかった。
「――……な、何……」
私が、視線を逸らしながら言うと、江陽は、グイ、と、左腕を取る。
「ちょっ……」
――けれど。
「――……昨日は……悪かった」
「……え??」
瞬間、私は、自分の耳を疑う。
――この男が謝った?
江陽は、そのまま、私の腕を優しく撫でた。
「こ、江陽?」
「……痛かったよな。――……痕になったか」
そう言って、私を見下ろすヤツを、見られない。
うつむく私は、かすかにうなづくだけだ。
「……薬とか……わからねぇけど、いるか?」
「――別に」
「……そうか」
しおれたように、江陽は、うなづく。
その、昔からは想像もつかない姿に、私は、恐る恐る顔を上げた。
すると、眉を下げたヤツと目が合い、心臓がバクバクと鳴り始める。
――ち、ちょっと待ってよ!
――何で、こんな――……。
けれど、うろたえているところを見せたくなくて、視線を逸らす。
「……ごめん……うーちゃん」
昔のような言い方で謝る江陽は、私の腕を撫で続ける。
「……い、いいから、離してよ……」
「ちゃんと謝らせろよ」
「らしくないコトしないで」
私を突き飛ばした時だって、謝らなかったクセに。
それどころか、動こうとすらしていなくて――……。
そう思いかけて、顔を上げ、あの時の、おぼろげな記憶をたどる。
――うっすらと覚えているヤツの顔は――強張ったまま真っ青だった。
――……あれ……?
私は、ヤツをうかがうように見やり、尋ねた。
「……アンタ……もしかして……あの時、動けなかったの……?」
その問いかけの意味がわかったのか、江陽は、気まずそうに視線を逸らし――けれど、手は止めずにうなづいた。
「……当たり前だろ。……あんな、痛そうな顔させて、ガキが、平然とできるワケねぇだろ」
「――何を、偉そうに……」
「それに、骨折ったってのは、お前が連れて行かれた病院に行った時に知ったんだよ」
「え?」
「保育園から連絡がもらった母親が、血相変えてオレ連れて、病院まで謝罪に行ったんだけど。知らなかったのかよ」
私は、緩々と首を振る。
どれだけ記憶をたどっても、そんな事実は無かった。
「その時は、治療中だったんじゃないの。私、何も聞いてないもの」
「――そうか。……まあ、当然か。娘を大ケガさせたんだから」
「……別に……母親は、それどころじゃなかったんじゃないの」
下の妹が生まれて二年もしないうちに、父親と死別したのだ。
日々の生活が精一杯で、そんな中での私の骨折。
謝罪がどうこうなんて、気にしている場合ではなかったのだろう。
「――そうか……」
江陽は、気まずそうにうなづくと、ゆっくりと私の手を離した。
そして――そのまま頭を下げる。
「……は……???」
一瞬にして、目は点。頭は真っ白。
そんな私に構わず、江陽は言った。
「――あの時は、悪かった」
「え……⁇」
「ちゃんと、謝ってなかったから――」
私は、反射で後ずさる。
それに気づいた江陽は、身体を起こし、眉を寄せた。
「――羽津紀?」
「やっ……やめてよね、今さらっ……!」
「今さらだけどよ、事あるごとに言われるのも嫌なんだよ」
「事実でしょう!謝ったところで、変わらないわよ」
そう言い捨て、私は、ヤツに背を向けようとするが、肩を掴まれる。
「羽津紀!」
「いい加減、お店に戻りなさいよ。”彼氏”なのに、聖を置いて来た訳?」
「……そ、それは、その……」
言葉を濁そうとする江陽を、にらみ上げ、その手を振り払う。
「聖を放っておかないで」
「羽津紀」
「――私、男は嫌いだけど――いい加減な男は、大っっ……嫌いなの」
私は、そう言い捨てると、今度こそマンションへと足を進めた。