大嫌い同士の大恋愛
 自分の部屋に戻ると、私は、リビングの床に座り込む。

 ――心臓が、痛い。

 江陽は、聖よりも、私に謝る方を優先させた。
 その事実が――苦しくて、ほんの少しだけうれしい。

 そんな自分が嫌でしょうがない。

 聖は、本気で江陽が好きなのに。
 聖は、私の、大事な親友なのに。


 ――名木沢さん、っていうの?よろしくねー!

 入社後、総務部に一緒に配属された聖は、その容姿から、男性社員に早々に声をかけられ続けていて、既に少しだけ同期の中で浮いていた。
 仕事の覚えは私よりも遅く、同じ一課で、更にはマンションの隣人という事もあり、ちょくちょく聞きに来るようになって。
 その甘えた話し方は、女性社員の癇に障り、男性社員の鼻の下を伸ばしていたが、私には妹に甘えられているような感覚でしかなく。
 淡々と接しているうちに、いつの間にか懐かれてしまっていた。


 ――名木沢さん、よく相手していられるわね。あんな、外見だけの仕事できない女。

 いつだったか、給湯室にいた先輩社員に言われた時も、私は、あっさりと返した。

 ――私達、入社して半年も経っていませんので。同期同士フォローし合って、ご迷惑をおかけしないようにいたします。

 後で聞けば、先輩の彼氏が、聖に見惚れていたとか何とかで、完全なる八つ当たりだったようだ。
 その時、聖が、愛想よく振る舞ったせいで、敵認定されていたのだ。

 ――アタシ、自分で言うのもなんだけど、外見だけは良いからさ。上手いコトやらないと、すぐに、敵が増えるんだよねー……。

 どうやら、事情を知っていたようで、私の部屋に遊びに来た時にそんなコトを言った聖は、珍しく悲しそうな表情だった。

 ――ごめんね、アタシのせいで、羽津紀に嫌な思いさせちゃった……。

 ――別に。堂々としてたら良いじゃない。アンタが美人なのは、揺るぎない事実なんだし。

 そう返すと、聖は、目を丸くし――涙目で抱きついてきた。

 ――ありがとー、羽津紀!

 その表情に見惚れ――ほんの少しだけ、その素直さが、うらやましく思えたのは、心の奥底にしまった。


 それから、三か月から半年ごとに、彼氏と別れただの、合コンは上手くいかなかった、だのと、聞かされ続け、あきれながらもヤケ酒に付き合う。

 私自身、江陽のせいで、友人という存在には縁が無かったから、

 ――羽津紀は、アタシの一番の友達だよー!

 そう言われ、胸の奥が熱くなったのを、まだ覚えている。


 ――……だから、絶対に――聖には、幸せになってもらいたい。


 唯一の大事な、大事な、親友。
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