大嫌い同士の大恋愛
 すると、不意にバッグが振動し始め、着信音が鳴り響く。
 私は、少しだけためらいがちにスマホを取り出すと――母親、との表示。

「……もしもし」
『ああ、羽津紀、久し振り。元気にやってる?アンタ、ちっとも帰って来ないんだから』
「用件は何よ」
『まあ、ちゃんと生きてるだけ良しとしないととは思うけどねぇ』
「――だから、何の用かって聞いてるんだけど」
 相変わらず、人の話を聞かないマイペースな母親に、げんなりしつつも、返答を待つ。
 一応、女手一つでここまで育ててきてもらったのだ。
 譲れるところは、できるだけ譲ろうとは思っている。

 ――が。


『ちょっと、今度の休み、帰って来てよ。アンタ、お見合い(・・・・)だから』


「……は???」



 ――譲れる限度を超えている。


 完全に停止した頭に、母親は畳みかけるように続けた。
『ホラ、アンタも良い年だしさ。そしたら、母さんの昔のご縁で、良い話が来たから。これを逃したら、アンタ一生独り身だよ?』
「――……ちょっと待って、お母さん。私、一言も結婚したいとか言ってないし、まだ(・・)|二十五歳よ⁉」
もう(・・)、でしょうが!せっかく、段取り決めてるんだから、親孝行と思って会ってみなさい!』
「横暴‼」
『アンタが片付かないと、皐津紀(さつき)紫津紀(しづき)も、片付かないでしょう。母さんを安心させると思ってさぁ』
 キレかけた私は、言葉を飲んだ。

 ――……これだから、嫌なんだ。

 母親は、事あるごとに、一人で三人娘を育てた、と、恩着せがましい言い方をする。
 けれど、それは事実だし、大変だったのは、さすがにわかるので言い返せない。
 ――そして、母親を安心させてほしい、と言われれば、反論できないのが悔しい。

『羽津紀、聞いてる?!』
「――聞いてるってば」
『とにかく、もう、決まったから、会うだけでも会いなさいって』
 私は、大きく息を吐く。
 長女の役目、と、自分をなだめながら。

「……わかった。――でも、会ったら、断っても良いのよね」

『まあ、そこは、ご縁だからねぇ』

 不本意そうにうなづく母親。
 言質は取った。
 ――会うだけ会って、速攻、断ってやればいいわ。

 けれど、母親は、意味ありげに笑って続けた。

『ああ、でも――断れるかしらね、アンタ?』

「……断るわよ」

 意地でも断ってやる。
 私の人生に、恋人も、伴侶も必要無い。

 そう決意し、電話を終えた。
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