大嫌い同士の大恋愛
10.誰にだって事情はあるのです
「羽津紀ー、今日は、一緒にお昼食べないー?」

 昼休み、企画課にやって来た聖は、朝、コンビニで買ったのか、サンドウィッチを見せながら、私に言った。
「何でよ。江陽と二人が良いんじゃないの?」
「だってー……ちょっと、気まずくってさ……」
「アンタ、あれだけ張り切ってたのに――」
「良いじゃない!久し振りに一緒しようよー」
「じゃあ、僕も一緒に良いかな?」
 不意に入ってきた片桐さんを振り返ると、彼は、既に自分の弁当箱を持っていた。
 私は、二人に見つめられ、大きく息を吐く。

「――……わかりました……」
 

 先にコンビニにお昼を買いに行った江陽を加え、四人で休憩室に入ると、一気に視線が集まって来て、身の置き所に困ってしまった。
 ただでさえ目立つ面々なのに。
 一人だけ、地味で平凡な女が混じっている事が、何だか申し訳無くなってくる。
 聖は、そんな中でも、堂々と江陽の隣を歩き、偽装彼女の役目を全うするように、周囲を黙らせている。
「名木沢さん、大丈夫?」
「え?」
「……何か、今朝から元気無いみたいだけど」
 片桐さんが、そう言って、うかがうようにのぞき込んでくるが、私は視線を逸らす。
「――何でもありませんから」
「そうは見えないけど?」
「……気のせいかと」
 あくまで平静を装うと、彼は、肩をすくめ引いてくれた。
 ――こういうところは、年上で良かったと思う。
 いや、江陽がガキなだけか。
 だが、比較対象に、ヤツを思い浮かべた自分が許せず、眉間にしわを寄せてしまった。

「ここ、空いてるよー!」

 すると、呑気とも思える聖の声に、我に返って顔を上げる。
 部屋の隅、四人掛けがちょうど空いていて、聖が小走りに駆け出した。
「ちょっと、聖!走らないの!」
「はぁーい!」
 思わず咎めてしまうが、当の本人はどこ吹く風で、上機嫌でイスを引いて江陽を手招きする。
「江陽くん、隣どうぞー!」
「……おう」
 ふてぶてしい態度が癇に障るが、ここでケンカをおっ始めるわけにはいかない。
 私は、口を閉じながら聖の前に座った。
 そして、隣に片桐さんが座ると、チラリと、江陽の視線を感じる。

 ――反応してたまるか。

 無視しつつお弁当を広げると、隣から片桐さんがのぞき込んできた。
「相変わらず綺麗なお弁当だね」
「……また、交換するんでしょうか?」
「キミが良いなら」
「……どれでもどうぞ」
 私は、彼に自分のお弁当を向けると、目の前からサッと卵焼きを取られた。

「……江陽!」

「良いじゃねえか。ホレ、オレのから揚げ、やるから」
 言いながら、手元のコンビニ弁当から鶏の唐揚げを一つ、私のお弁当のフタに乗せた。
「……ちょっと」
「あー、いいなあ、江陽くんばっかり!」
「聖は、どれでもいいから取りなさいな」
「やったー!」
 彼女は、野菜の豚肉巻きを一つ取ると、代わりに、と、自分のコンビニ弁当からキレイに形作られたエビのしんじょ(・・・・)を江陽と同じように乗せる。
 少しだけ減った自分のお弁当の中身を見やり、私は、隣の片桐さんを見上げ、眉を下げた。
「……すみません、片桐さんはどれに……」
「ああ、僕はいいよ。名木沢さんの分、無くなっちゃうからね」
 そう言って、自分のお弁当から、小さなオムレツを渡した。
「か、片桐さん」
「いいから。――おわびに?」
 彼は、クスリ、と、意味深に微笑む。

 ――それは、キスのおわび、という意味でしょうか。

 思い出してしまった私は、跳ね上がった心臓を押さえ、動揺を隠すように視線を下げた。
「……あ、ありがとうございます……」
 ぎこちなくお礼を言うと、手を合わせ、食べ始める。
 それを見ながら、全員ようやく昼食に手をつけ始めた。
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