大嫌い同士の大恋愛
 平和に見えた昼食が終わりかけた辺りで、聖が思い出したように、私に尋ねた。
「ねえ、羽津紀ー。今週末ヒマ?遊びに行かない?」
 それは、あまりに、いつも通りのコトで――思わず、口が滑った。


「ああ、週末はお見合い(・・・・)があるから、ダメだわ」


「「「――……え???」」」


 聖と江陽――そして、片桐さんがハモり、はた、と、気がついた。

 思わず口を手でふさぐが――既に遅し。

 そして、周囲にもハッキリと聞こえていたようで、ざわつきが広がる。

「ち、ちょっと、羽津紀⁉どういうコト?!」
「あ、いや、あの……」
「名木沢さん、何があったのかな?」
「羽津紀!」
 三人に問い詰められ、さすがにギブアップ。
 一人ずつなら、何とか逃げられそうだったが――三人は無理だ。

「……あ、あの……母親が、勝手に決めちゃって……」

「……お母さん?」

 聖が、キョトンとして私に聞き返す。
 そう言えば、事情を知っているのは――江陽だけだ。
 私が、チラリとヤツを見やると、しかめ面で返された。

 ――ああ、もう、アンタにフォローなんて、頼んでないわよ!

 そう思い、聖と片桐さんを見やると、私は続けた。

「……ウチ、母親が結構強引でね。……良い年だから、って、勝手に決めちゃって――」
「な、何だぁ……。羽津紀が、したいワケじゃないんだ」
「当たり前でしょう。……昨日連絡が来て、週末、よ。断るヒマも無いでしょうに」
「そうだね。……もしかして、お母さんは、それを狙ってたのかな?」
 片桐さんが眉を下げて、私に尋ねる。
 私は、首を振って彼に返した。
「いえ、そこまで深慮ができる人間ではありません。――たぶん、その場のノリだったんでしょう」
「――そう」
 気まずそうに笑われ、思わずうつむく。

 ――ああ、もう、恥ずかしい!
 絶対に、断ってやる!

 そう決意した辺りで、昼休みも終わりを告げ、私達は休憩室を出た。

「じゃあ、またねー」

 聖は、手を振ると、階段で三階に戻って行く。
 休憩室は二階にあるので、さすがに歩きだ。
 それを見送り、私は、エレベーターのボタンを押して、階数表示を見上げる。

 ――……後ろは見たくない。

 気配は感じる。
 けれど――江陽と片桐さんに、後ろに立たれてどうにも落ち着かない私は、振り返らない事にした。
 なのに。

「おい、羽津紀。ホントに見合いするのかよ」

 あっさりと江陽が尋ね、私の目論見は砕け散る。
 勢いよく振り返ると、ヤツをにらみ上げた。
「仕方ないじゃない、母親が乗り気なんだから」
 すると、それを聞いていた片桐さんは、少しだけ眉を寄せて私を見下ろす。
「……どうせなら、彼氏がいるって言ってくれれば良かったのにね」
「え」
「僕、いくらでも協力するよ?」
「え、あ、いえ、それは――さすがに……」
 告白されて、振った相手に、そんなコトは頼めるはずもなく。
「でも、大人しく見合いするって――まあ、誰にだって、事情はあるだろうけど……何だか、名木沢さんらしくない気がするな」
 そう言われ、私は、一瞬、固まる。
「片桐班長」
 それを見逃さなかった江陽は、彼と私の間にさりげなく入って来た。
「コイツの家、母親が、女手一つで三人姉妹育てたんです。羽津紀は、それもあってか、昔から母親に弱くて――だろ?」
 私は、江陽の陰に隠れながら、かすかにうなづく。
「え、あ、そう、なんだ」
「……下の妹が産まれてすぐ、父は、亡くなりまして」
「――……そう」
「私は、長女なので――一番、母が苦労していたのを見てきたんです。……ですから、今でも、母に頼まれると、断り切れないというか……」

 本当は、実家から通えるところに就職してほしいとまで言われたが、さすがに、そこは譲れなかった。
 妹二人も社会人で、二人とも、まだ実家に住んでいるので、母親も、割とあっさりとうなづいてくれたのだけれど――。

「でも、ちゃんと、断りますので」
「羽津紀」
「――母親への義理立てはする。けれど、会ったら断っても良いって、言質は取ったから」
 私は、江陽を見上げ、宣言する。
 すると、ヤツと片桐さんは、同じような表情を向けた。
「……お前な……」
「何よ」
「いや、やっぱり、名木沢さんらしくて安心したよ」
 片桐さんは、そう言って微笑む。
 けれど、江陽は、苦虫を嚙み潰したような表情で、私を見ると、さっさと企画課の部屋に入って行ったのだった。
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