大嫌い同士の大恋愛
 それから約三十分ほどタクシーは国道を進み、隣の市の中心街のホテルの前に到着した。
 私と母親は、車を降りると、目の前にそびえたつ高層ビルを見上げる。

「はあ……すごいところねぇ……」

 さすがに圧倒されたのか、母親は、ポツリと言う。
 私も同じく、ポカンとしたまま見上げるが、はた、と、我に返った。
 こんな出入口で、揃って何をしているのだ。
「……とにかく、行くんでしょう」
「ああ、そうそう。えっと、アンタ、着付けしないとだから、まず――」
「はあ⁉」
 当然のように言われ、目を剥いた。
「着物着るの⁉」
「当然でしょう。お見合いなのよ?」
「今どき、関係無いんじゃない?!」
「でも、向こうさんに失礼無いような服、持ってるの、アンタ?」
「……う」
 そう言われると、反論できない。
 服なんて、今着ているような仕事用の数着と、私服の数点。そこに、部屋着のよれたジャージだ。
「ホラ、時間がかかるんだから、さっさと行きなさいな」
「ちょっ……!」
 背中を母親に押されながらホテルの自動ドアを通ると、一気に、不釣り合いな空間が広がる。
 中にいるのは、一目で、上流、と呼ばれるような人達。
 受付に、着付け予約の旨を母親が伝えると、にこやかに案内され、あれよあれよという間に、成人式以来の振袖姿になる。

「おやおや、馬子にも衣裳だねぇ」

「……けなしてるでしょ」

「褒めてるのよ。ホラ、場所は、最上階だからエレベーター乗るわよ」

 当人そっちのけで、ウキウキした母親は、まるで、社会科見学に来た子供のようだ。
 エレベーターからあちこちを見下ろしては、あそこに、ここに、と、大騒ぎ。
 幸い、私達しか乗っている人間はいなかったので、放置しておいた。
 そして、到着音が鳴り響くと、静かにドアが開く。
 最上階のレストラン。
 そこの貸し切りスペースは、個室になっている。
 母親が、ウェイターに待ち合わせと伝えると、把握していたのか、すぐに案内された。

「ごゆっくりどうぞ」

 ノックし、ドアを開けた彼は、私達を中に通すと、そう言ってお辞儀をして去って行く。
 私は、閉められたドアを見て、全身が強張った。
 相手に背を向けたままだが、仕方ない。

 ――……マズい……緊張してきた。

 断ると張り切ってはいたものの、相手がどんな男かもわからない。
 それ以前の問題として――私に、男に対する耐性は、そんなに無いのだ。
 初対面の男なんて、きっと、会話すら成立しないだろう。
 ――いや。それなら、それでいいのか。

「ホラ、羽津紀、何やってんのよ。挨拶なさい」

 グルグルと回っていた私を、あきれたように母親が呼ぶ。
「わ、わかってるわよ」
 もう、逃げられないのだから、あきらめよう。
 そう思い、振り返る。

 広い部屋の真ん中に、大きなテーブル。
 そこに座っているのは――。


「こっ……」


 ――……仕立ての良いスーツに身を包んだ――江陽だった。
 
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