大嫌い同士の大恋愛
11.一度ならず二度までも
 目の前の席に着いていた男は、私から視線を逸らす。
 すると、隣に座っていた女性――母親だろうか――が、それを見とがめ、立ち上がった。

「江陽、何固まってるのよ。ちゃんと挨拶なさい」

「……ご無沙汰しております」

 同じように立ち上がった江陽は、気まずそうに私達に頭を下げる。

「あらあら、こうちゃん、お久しぶりねぇ。すっかり男前になっちゃって」

「恐縮です」

「ホラ、羽津紀、アンタも挨拶なさいな」



「――いや、ちょっと待ってよ!!!」



 思わず、血管が浮き出そうになってしまう。

 けれど、突っ込んだ私を気にも留めず、母親は、江陽に言った。
「ごめんなさいねぇ、こうちゃん。羽津紀、こんな感じになっちゃったけど、あきれないでね?」
「いえ、とんでもない」
 にこやかに返すヤツを、私は、にらむように見た。
 すると、視線が合い、気まずそうな表情を見せられる。
「でも、羽津紀ちゃん、すっかり綺麗になったわねぇ」
 私は、目の前の女性にそう言われ、思わず固まってしまう。
「――え、あ、あの……」
「覚えてないの?こうちゃんのお母さんよ」
「まあ、そんなに顔は合わせなかったから、仕方ないわよ、紀子(のりこ)さん」
 江陽の母親は、そう言って、私に笑いかける。
 ウチの体格の良い母親とは違い、洗練された雰囲気を持った、細身の年齢不詳の美女。
 ――けれど、どことなく、江陽に目元が似ていた。
亜澄(あずみ)さん、そう言ってもらえるのはありがたいけれど――羽津紀」
 無言の圧力を感じ、私は、仕方なく頭を下げた。

「――……お久しぶりです……」



 ようやく席に着くと、食事が次々と運ばれてくる。
 見た事も無いような料理の数々に目を奪われ、手をつけ始めると、この中に使われている調味料が気になって、食べる事に夢中になってしまった。
「ちょっと、羽津紀、アンタ食べすぎよ。着物、苦しくなるわよ」
「し、仕方ないでしょ。――職業病よ」
 そう言って返すと、江陽の母親は、キョトンとして尋ねてきた。
「羽津紀ちゃん、今、お仕事は、何してるのかしら?」
「――あ、あの……食品会社で……企画の方を……」
 チラリと江陽を見やり、できるだけぼかして伝える。
 けれど。

「あら!江陽も、食品会社なのよ。偶然ね!話が合うかしら」

「まあ、こうちゃんもなの?」

 母親同士で盛り上がり、一瞬で、危機感を覚える。

 ――会社の話にならないで!

 コイツと同じところと知られたら、この先面倒に――……。

 そう思ったのに。


「同じ会社(トコ)です。――オレ達」

「ちょっと、江陽!」

「同期ではありますが、全部で五百人以上いましたから、顔を合わせる機会は無かったんです。新人研修も、それぞれの配属先で――オレは、関西支社だったので。でも、この前、異動でこちらに来て、久しぶりに会ったんです」

 すると、母親二人は、お互いに顔を見合わせると、目を輝かせた。

 ――……待って、待って。この空気、マズくない?

「何よ、江陽!もっと早く言いなさいな!」
「羽津紀、何で黙ってたのよ!」
 二人の、一気に上がったテンションを、抑える術も無く。
「もう、これは運命ね、紀子さん!」
「ええ、そうねぇ!」
「ちょっと、待ってよ!勝手に盛り上がらないで!」
 私が慌てて口を挟むと、母親は、ニッコリと笑って言った。

「アンタ達、昔からべったりだったじゃないの。あ、もしかして、知らない間に付き合って「無いから‼」

 食い気味に否定すると、私は、息切れしかけ、イスに深く座り込む。
 ――すると、興奮したせいか、急に気持ち悪くなってきた。

「おい、羽津紀?」

 それに、真っ先に気づいたのは――江陽で。

「あら、ヤダ、アンタ大丈夫なの?やっぱり、着物なのに食べ過ぎたんじゃ……」
 心配の方向性が若干ズレているようだが、当たらずとも遠からず、私は、うつむいて口を手で押さえる。
 吐くほどではないが、やっぱり、着替えたい。
 そう母親に伝える前に、江陽の母親が心配そうに言った。
「羽津紀ちゃん、私、下のホテルに部屋取ってあるの。そこでお休みになったら?」
「――え、で、でも」
「江陽、羽津紀ちゃんをお連れして。あなたが、責任もってお世話なさい」
「ちょっ……だ、大丈夫ですので!」
「羽津紀、お言葉に甘えておきなさいよ。アンタ、動けないでしょうが」
 母親にそう言われ、渋々うなづく。
 私は、江陽に支えられ立ち上がると、レストランを出て一つ下の階に下り、スイートルームと思しき部屋に入れられた。
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