大嫌い同士の大恋愛
 入ってすぐに見えた窓から広がる景色に、気分が悪くなったのも忘れ、つい、見入ってしまう。
 ホテルのスイートルームなんて、一生入る事など無いと思っていたのに。
 部屋を見回せば、三面がガラス張りで、はるか遠くの山や海まで見えた。

「――大丈夫かよ」

 すると、放心状態の私の隣にやって来た江陽が、心配そうにのぞき込んできた。
「……あ、だ、大丈夫……。……ちょっと、興奮したから……」
「何だよ、興奮って」
「だって、あんな料理、初めて見るし、食べるんだもの。スパイスとか、気にならない⁉」
 顔を上げて訴える私を、一瞬、キョトンとして見た江陽は、次には笑い出した。
「な、何よ!」
「――い、いや……大した意識の高さだよ」
 私は、ムスリとして江陽をにらむ。

「アンタは気にならなかったの?」

「いや、まあ――お前ほどじゃねぇよ」

 そう言って、ヤツは、近くのソファに座ると、私を視線で座るように促した。
 さすがに、立っているのもキツいので、ゆっくりと、向かい合うように座る。
 そして、大きく息を吐く。
 先ほどまでではないが、まだ、少し胃もたれのような感覚。
 気を逸らすように、私は、ヤツに尋ねた。

「――……アンタ、何でお見合い相手だってコト、黙ってたのよ」

 責めるような口調になったが、江陽は、肩をすくめて答える。

「あのなぁ……オレは、お前よりも、切羽詰まった状況で言われたんだよ」
「え?」
「――聞いたのは、昨日だ」

「は⁉」

 ――私よりも後じゃない!

 目を剥いた私に、ヤツは苦笑いで返す。

「オレ、母親からの連絡、三回に一回くらいしか出ねぇんだよ。そしたら、昨日、留守電入れられて。珍しかったんで折り返したら、見合いだから、明日、準備しておけ、だ」
「じ、じゃあ、私が相手だと……」
「知る訳が無ぇ」
 ていうか、母親同士、秘密にして盛り上げようとか思っていたのだろうか。
 この前の電話で、母親は、断れるか、などと言っていたのを思い出す。

「……とにかく、断る間も無く、コレだ」

「……なら、ちょうど良いわね。ご破算で」

 赤の他人なら、申し訳無さもあるけれど、江陽相手なら、そんなものは無いに等しい。
 そう安心していたのに。

「――いや、ここで断ってみろ。たぶん、お前、次が控えてるぞ」

「……は??」

 いや、確かに――可能性はあるだろうけれど。

「……断り続けたら、あきらめるんじゃない」
「――じゃあ、妹二人に話が行くか」
「う」

 ――たぶん、江陽の言うとおりだ。

 母親は、とにかく、子供三人を育てるのに必死だったから、自分のコトよりも娘のコトを優先するのが、当然になっているフシがある。
 そして、自分が早くに先立たれたせいか、結婚して、相手と末永く暮らしていくのが幸せと考えているのだ。
 それは――私にだけではない。
 年頃の娘は、もう、あと二人控えている。
 妹たちは、ようやく就職し、これから仕事を覚えてキャリアを積んでいくのに――本人達が望まない道は選ばせたくはない。
 ――……けれど、母親を失望させるのも、申し訳無いと思ってしまうのだ。

 悩みまくっている私を見やり、江陽は、あきれたように言った。

「あんまり考え込むな。お前が悩むとか、似合わねぇ」

「はぁ⁉失礼ね!」

「――……まあ、それは置いておいて――そろそろ、着替えねぇか」

「……は?」

 私は、向かいの江陽を見上げると、ふい、と、視線を逸らされた。
 それに――少しだけ胸が痛くなったが、次には、吹き飛んでしまう。

「……着物、着崩れてんぞ……。……下着、見えかけてる……」

「――……っ……!!!」

 その言葉に、視線を下に向け、一気に全身が熱くなった。
 合わせが崩れ、襦袢どころか――ブラのひもが見えかけている。
「ちょっ……!もっと早く言いなさいよ!」
 私は、急いで直し、胸元を隠す。
「――うるせぇ。襲われないだけ良しと思え」
「襲う気⁉」
「冗談も、ほどほどにしろ!」
 血相を変えて返され、私は、顔を背けた。

「ああ、そう言えば、女嫌いだものね。まあ、それ以前に、アンタにできるとは思えないけど」

 気まずくなるのが嫌で、独り言のように言うと、江陽は怒ったように立ち上がる。

「――羽津紀」

 いつもよりも低い声で呼ばれ、ビクリ、と、反射的に身体をすくめた。

 ――何?どこに怒るポイントが……。

 はてなマークを浮かべていると、いつの間にかこちら側に来た江陽に、肩を掴まれる。

「――できるぞ」

「え」
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