大嫌い同士の大恋愛
「――――……っ……!!!!」

 瞬間、転げ落ちるように床に這いつくばった江陽は、痛みをこらえながら、私をにらみ上げる。

「う、づきっ……テッ……メェ……!い、一度ならず……二度までもっ……‼」

「自業自得じゃないっ、この変質者っ!!!」

 着物を直しながら立ち上がると、私は、部屋を出ようとドアへ向かう。

「待、てっ……羽津紀っ……」

「うるさい!」

「自分の、カッコ、見ろっ……!」

 私は、その言葉に、チラリと視線を下げ、固まった。
 明らかに、事後に見えそうな着崩れ方をした着物。
 どう考えても、外には出られない。
「き、着替えっ……衣装室の人に持って来てもらうわよ!」
 そう言って、急いで部屋を見回し、内線電話らしきものを見つける。
 一緒に置いてあった内線番号の表を見て電話をかけると、二つ返事でうなづいてもらえ、五分もしないうちに、スタッフの方が部屋のベルを鳴らした。

「――わざわざ、申し訳ありません……」

 私が頭を下げると、スタッフの方は笑顔で、綺麗に畳まれ袋に入った、来た時の服を手渡してくれた。
「お仕度が終わりましたら、お着物は引き取りに参りますので、ご連絡くださいませ」
「あ、ありがとうございます……」
 さすがに、ハイレベルのホテルのスタッフ。
 こうなった事情を探ろうともしないのは、ありがたい。
 私は、服を受け取ると、ジロリと江陽を振り返った。

「アンタは、母親達に上手いコト言っておいて」

「な、何を」

「は?――お見合いは、破談になりました、よ」

「う、羽津紀」

 バッサリとそう言い捨てると、私は、問答無用で江陽を部屋から追い出す。
 そして、悪戦苦闘しながら着物を脱ぎ、ようやく、いつもの私服に着替えたのだった。


 どうにか私服に着替え、レンタルした着物を返した私は、レストランで待っているであろう母親の元に向かう。
 ――江陽は、先に行ったはず。
 何とか、見合いは破談にしたいのだけれど――あの母親が、素直にうなづくだろうか。
 それだけが気になってしまう。
 エレベーターで一階分上り、すぐに到着。
 開いたドアからゆっくりと出ると、母親と、江陽親子が待ち構えていた。

「……な、何で……」

「羽津紀、アンタ、もう少し考えたらどうなの」

 すると、母親が眉を寄せながら私に言うので、チラリと江陽に視線を向けた。
「――……ちゃんと言ったからな」
「破談なんて、そんなにすぐに決めないの。こうちゃん相手なんだから、今さら、気兼ねしなくても良いじゃない」
 私を説得にかかる母親に視線を戻すと、大きく息を吐いた。

「――お母さん、言っとくけど、私、結婚したいとか、お見合いしたいとか、一言も言ってないし。大体、会うだけ会ったら断って良いって言ったのは、お母さんだからね」

 そう反論すると、母親は、う、と、言葉に詰まる。
 けれど、すぐに開き直ったように私に言った。

「そんなの、本当に断るなんて思わないでしょう。アンタには、もったいないくらいなのよ」

「いい加減にして。言質は取ったわよ、私は」

「また、小難しいコト言い出して……」

 母親は、あきれながら肩をすくめようとする。

 ――ああ、また、コレか。

 不利になると、すぐに、自分にはわからない、と、会話を放棄する。
 いつもの手だ。
「お母さん!」
「あ、あのね、羽津紀ちゃん。紀子さんを、怒らないであげて?」
「え」
 ケンカ一歩手前で、江陽の母親に言われ、私は、拍子抜けしたように彼女を見やった。
「え、あ、あの」
「羽津紀ちゃんには、不本意だったでしょうけれど――私が紀子さんにお願いしたの」
「え」
 彼女は、江陽の背中を軽く叩くと、苦笑いで続けた。
「――この子、ちょっと、身の上が面倒でね。羽津紀ちゃんとのお話が破談になったら、相手が決まるまで、お見合い続きの予定なのよ」
「――……え」
「か、母さん!」
 慌てる江陽をよそに、彼女は、おっとりとした微笑みを見せた。


「”サングループ”社長の息子に、縁談は山ほど来てるから」


「……は????」

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