大嫌い同士の大恋愛
 実家に到着し、ふてくされた母親を半ば引きずるように下ろすと、私は、そのまま、会社のマンションへとタクシーを走らせた。
 もう、帰るコトができるのなら、タクシー代など気にするものか。
 ――まあ、後で、妹二人のクレーム電話が立て続けに来るのは、覚悟の上だけれど。
 そのまま、見慣れた会社前に下ろしてもらい、クレジットカードで支払う。
 ――いっそ、アイツに請求してやろうかしら。
 そんな事を思いながら、自分の部屋へと帰ると、はかったように聖が顔を出した。

「お帰り、羽津紀ー。どうだった、お見合い?」

 私は、今さっきの、怒涛の出来事を思い出し、思い切り顔をしかめた。
「ヤダ、どうしたの?せっかく、綺麗にしてたのにー」
「……聖……今、アンタの部屋に、アルコール類いくつある?」
「え?」
「……無かったら、飲みに行くわよ」
「……えっとぉ……まあ、うん。……グチなら、聞いてあげるよ」
 眉を下げても変わらずの美貌を保っている聖を見やり、ほんの少しだけ、気持ちが落ち着く。
「ありがと。――いつものトコ行こうか」
「はーい!あ、でも、ちょっと支度させてー!」
「待てても十五分」
「もう一声!」
「ダメ、譲らない」
「ケチー!」
 聖には悪いが、とことん飲みたい気分なのだ。
 ――あんな事があって、平然と、隣の部屋にいられるほど、慣れている訳じゃないのだから。


 結局、粘った聖に負け、約三十分待機。
 その間に、私のスマホには、予想通り鬼のような着歴がある。

 ――ああ、消音にしておいて良かった。

 心底ホッとしていると、更に、メッセージが追加された。

 ――お姉ちゃん、お母さん何とかしてよ!

 上の妹、皐津紀が、立て続けに送って来る。

 ――せっかくのご縁が、って、帰って来てから、エンドレスなんだけど‼

 そして、更に下の妹の紫津紀が入って来た。

 ――お姉ちゃん、こうちゃんが相手だったんなら、別に結婚しても良くないかな?あんなに仲良しだったんだし、お姉ちゃんの男嫌いも知ってるでしょ。
 ――それとも、付き合っている人、いるの?

 私は、一瞬、スマホを取り落としそうになり、慌てて両手で受け止める。

 ――……付き合ってる人なんて、いない。

 ――……片桐さんは、お断りしたんだし……。

 それに――江陽だって、お見合いしたくて、した訳じゃ……。
 そう思い、先ほどの亜澄さんの話を思い出した。

 ――あれ、ホントなのかしら……。

 ――……江陽が、私と離れたくないとか……。

 スマホを握り締め、鳴り続ける心臓を押さえつける。
 そんな事、今さら言われたって、もう遅い。
 筋金入りの男嫌いが治るとも思えないし、何より、江陽はその原因なのだから。


 ――羽津紀さん、男子と協力しないと、班活動できないのよ?

 小学校の時、意地でも男子に近寄りたくなくて――でも、授業の一環で、男女混合の班が組まれ、校外活動があった時、当時の担任に言われたのだ。

 ――だって、嫌なものは嫌なんです。

 ――それに、女子と一緒でだって、できます。

 反論する私を、担任は困ったように、どうにかなだめようとしたが、結局、女子としか活動しなかった。
 男子も、あえて、私を仲間に入れようとする訳でもないので、それで支障は無かったのだけれど。
 その後、保護者面談で、母親が言われたそうだ。

 ――成績も、授業態度も、まったく問題は無いんです。……ただ、一点、男嫌いで、頑なになっているようで……。この先、それではやっていけないと思うので、お母さんの方からも、ちょっと様子を見てあげてください。

 帰って来た母親は、ため息交じりに、担任の言葉を一言一句漏らさず私に伝え――そして、言った。

 ――アンタ、この先、女の子だけの世界でやっていける訳ないんだからね。

 今までの事があったから大目に見ていた母親も、さすがに外部からの言葉が効いたようで、肩を落としたのだ。
 その後、中学に上がり、最低限レベルなら接触できるようになった私は、けれど、遠方の女子高に進み、毎朝早朝に出て夜遅く帰宅する生活。
 それでも、苦では無かった。

 ――不本意に男と接していかなきゃならないのなら、最低限で済ませられるようにしてやる。

 そんな決意があったから。

 ――それくらい――江陽がした事は、私の傷になっているんだから――。
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