大嫌い同士の大恋愛
 そんな私達に構わず、聖は、にこやかに話し出す。
「江陽クン、羽津紀とお見合いだったんだってー?」
「なっ……何でそれっ……羽津紀!」
「別に良いでしょ。――聖なんだし」
「どういう理屈だよ!」
 一触即発、といった雰囲気になっていく私達を見かねてか、江陽の前に座った男性がたしなめるように言った。
「おい、江陽。外では大人しくしておけって言っただろ」
「……うるせぇ、親和(しんわ)
「あ、この前、江陽クンと一緒だった人ですよねー?」
 物おじしない聖は、あっけらかんと彼に尋ねた。
 江陽よりも体格は良く、一目で、人の好さが見て取れる雰囲気。
 その彼は、ニコリと微笑み、うなづいた。
「ああ、よく覚えてたね。キミ、かなり酔っ払ってたみたいだけど」
「アタシ、記憶だけは飛ばないんですー。あ、久保聖ですー。江陽クンのお友達ですかー?」
 思い出したように自己紹介する聖を横目に、私は、目の前のから揚げを口にした。
 ――悪いけど、合コンまがいは、ゴメンなの。
 チラリと彼女を見やると、ウィンクで返される。
 まったく、何をどうしても目の保養。
 私は、肩をすくめ、追加でやってきたハイボール二杯目を口にする。
「一応、自己紹介しておくかな。楠川(くすかわ)親和です。江陽とは、高校からの親友」
 笑みを返した彼は、やって来た店員にジョッキ二つと、刺身の盛り合わせ、焼き鳥セット、卵焼き、と、次から次へと頼んでいく。
 どうやら、夕飯も兼ねているのか、まあまあの量だ。
「せっかくだし、テーブル合わせる?」
「そうですねー!」
 聖と二人で盛り上がっているが、私は、そのまま食べては飲み、を、繰り返した。
「親和、席代わった方が早い」
「え?」
 すると、言うが遅い、江陽は立ち上がると、聖を自分の場所へと促す。
 席を交代……って、私の目の前に、ヤツが座るという事じゃない。
 私は、慌てて聖を止めようとする。
「ち、ちょっと、聖!」
「ゴメーン、羽津紀。せっかくだし、ね?」
 けれど、そう懇願されれば、許すしかない。
 私が、渋々うなづくと、江陽は、そのまま向かいに腰を下ろした。
「……羽津紀」
「何」
「……おばさん、大丈夫か……」
 一瞬、何を言っているのかわからなかったけれど、母親がふてくされていたのを見ていたので、気になったようだ。
「――別に、いつものコトよ。放っておいて大丈夫。……それよりも、アンタのトコは」
「――……まあ、ウチも、同じようなモン。……ただ、見合いの候補は選んでおくって言ってるがな」
「じゃあ、そっち進めてもらったら?――御曹司(・・・)クン?」
 そう揶揄すれば、江陽は、思い切り顔をしかめた。
「……うるせぇ。……言っとくが、オレは、一度もうなづいてねぇんだよ。――跡取りとか、見合いとか」
「でも、アンタの母親は、そのつもりなんでしょ。親を悲しませないの」
「お前が言うか」
「私は、あきらめてもらうしかないの。――ていうか、あきらめさせる」
 江陽が何かを言いかけるのをスルーし、ハイボールをあおる。
 ――ああ、今日は、進むなぁ。
 ストレス発散、と、ばかりに追加を頼む。
 江陽の前には、中ジョッキがいつの間にかやってきていた。
「……おい、飲み過ぎるなよ」
「――うるさい、江陽のクセに」
「絡むな」
「うるさいって言ってるの。このボンボン(・・・・)
「羽津紀」
 私は、遮るようにから揚げを口にすると、ヤツをにらむ。
「――大体、私がこうなったのも、全部、アンタのせいなんだから」
「……それは……悪かったと思ってる……」
「今さらよ」
「それでも――オレがケガさせたのは事実だし、その後、お前が男どもにからかわれ続けて、ブチ切れたのも、仕方ねぇとは思う」
「――今さらだってば」
 やさぐれ始めた私を、江陽は、真っ直ぐ見つめて、言った。


「……今さら許さなくても良いから、オレにしておかねぇか」


「は?」


 アルコールでフワフワしていた脳内は、一気に、クリアになる。
 周囲は、盛り上がっていた集団の笑い声が響き渡り、隣では、聖がコイツの友達と、何だか良い雰囲気だ。

 そんな、現実逃避が起こり始めると、江陽は、それ止めるように、私の手を握った。
「え、こ、こう、よう?」
「――出るか」
「え」
 言うが遅い、友人に声をかけて財布からお札を手渡すと、江陽は、少々ふらついている私を引きずるように、居酒屋を出たのだった。
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