大嫌い同士の大恋愛
「……羽津紀?」

 ぼんやりした頭が、記憶を掘り起こしてくる。

 あの時――江陽は、私の手を離さないように、強く握り締めていて。
 ――何故か、振り払えなかった。

「おい、羽津紀?」
「え、あ」
 我に返ると、眉を寄せた江陽が、心配そうに見ている。
「――具合悪いんじゃねぇのか」
「あ、違うわよ。……アンタ、昔も同じ事言ってたわね、って思って」
 何気なく言った言葉に、ヤツは、息をのんだ。
「江陽?」
「……覚えてたのかよ……」
「今、思い出したの」
 私は、そう言って江陽を見上げた。
「まあ、アンタが泣きそうだったから、仕方なく一緒にいたのは、わかるでしょ」
「――……うるせぇ」
 苦々しい表情で言うと、ヤツは、私を抱き寄せる。

「え」

「――その後の言葉は、どうせ、聞こえてなかっただろ」

「え?」

 ふてくされたように――けれど、離れようとしないまま、江陽は続けた。


「――……うーちゃん、大好き」


「――……え」


 耳元でそう囁くと、そっと、私を離す。

「江陽……?」

「――もう、お前には、ハッキリ言わねぇと伝わらねぇってのは、理解した」

「え」

 そして、逃げなさせないように、両肩を掴んで続けた。


「――ずっと、お前だけ好きだった」


「……は……??」


 思わず、目を丸くした私の髪を、江陽は、苦笑いで撫でる。
「――何だよ、今さら。母親経由でバレてんだろうが」
「え、え、だ、だって、そんなの――……だっ……大体、アンタ、女嫌いなんでしょ⁉」
「お前は別だって言っただろうが」
「だから、私なんて、女扱いしてないんでしょ!」
「……本気で鈍いな、お前」
「何ですって⁉」
 私は、髪に触れていたヤツの手を払い落とし、一歩下がる。
 ――けれど、上り框にぶつかり、体勢が崩れた。

「きゃっ……」

「羽津紀!」

 後ろに倒れる直前、江陽に片手で抱きかかえられ、どうにか後頭部激突は避けられホッとしたが――我に返り、固まってしまう。
「……おい、大丈夫かよ」
「――……だ、い、じょう……ぶ……じゃない!アンタ、何失礼な事言って、平気な顔してるのよ!」
 江陽は、癇癪を起したように怒り出した私を、そっと座らせ、自分も目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「――あのよ……お前が好きだから、特別だって、わかれよ」

「……な……」

 あきれたように言われ、カチンときてしまう。
 そんなもの――わかりたくもない。
 私は、立ち上がると、江陽をにらんだ。

「――それで、昔の事がチャラになるなんて、思わないでよ」

「は?」

「私は、アンタのせいで、男嫌いになったんだし、この先だって治らない!」

「――羽津紀」

「アンタの女嫌いと同等だと思わないで」

 こちとら、二十年物の男嫌いだ。
 そっちのキャラ付けみたいな女嫌いと一緒にするな。

 ――たとえ、私が好きだと言おうが――その元凶を許せるはずが無いんだから。

 今さら、しおらしくなったって、絆されるものか。

 私は、江陽を無理矢理部屋から押し出すと、勢いよくドアを閉める。

 ――絶対、絆されない。

 そう決意し、鍵をかけた。
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