大嫌い同士の大恋愛
 定時を二十分ほど過ぎ、ようやく、今日の分が終了。
 私は、机の上のファイルを片づけながら、ふと、気づく。

 ――聖が来ない。

 学生の時のように、聖は、自分が先に終わると、私を迎えに来るのだ。
 私は、昼間の彼女の様子を思い浮かべ、眉を寄せる。

 ――もしかして、江陽と何かあった……?

 朝も一緒に出勤しなかった。
 そして、お昼も、ヤツはいなかったし――。

 そう考え、思考にストップをかけた。

 ――二人の間の事だ。私がアレコレ詮索してどうするの。

 それに――仮に、何かあったとして、私に何ができるというの。

 恋愛の経験なんて、何も無い私が――。


 ――でも、気になってしょうがないのは――聖が心配だからだ。


「名木沢さん?」

「え」

 すると、片桐さんが、私をのぞき込んでいたので、我に返る。
「どうかしたの?具合でも悪いのかな?」
「あ、いえ、大丈夫です。お先に失礼します」
 あからさまに彼を避けるようになってしまったが、仕方ない。
 プライベートでは、なるべく、接触を避けないと。
 私は、急ぎ足で総務部へと向かう。

 ――もしかして、残業案件でもあったかもしれない。

 そう言い聞かせるように三階まで階段を下りると、古巣をのぞき込む。
 けれど、ほとんどが帰った後なのか、がらんとした部屋の中、聖の姿は見当たらない。
 私は、近くにいた女性に尋ねる。
「あ、あの、ひ……久保さんは……」
「え?――定時で帰ったみたいですけど」
「え、あ、ありがとうございます」

 ――帰った?

 私は、お礼を言って、バッグからスマホを取り出すと、メッセージが来ていないか確認。
 けれど、今日は何も無い。

 ――……どうしたんだろう。
 ――……今まで、こんな事、無かったのに……。

 私は、不自然さを感じながらも、一人、マンションに帰る。
 先に帰っている可能性は低いだろうが、一応、隣の聖の部屋のインターフォンを鳴らし、ノックもするが、何も返事は無い。
「……聖?」
 声をかけてみるが、やはり、静かなまま。
 物音ひとつしない。

 ――……もしかして……避けられてる……?

 昼間も、何か態度がおかしかったし……。

 私が、何かしてしまったんだろうか。

「えー、じゃあ、ホントにフラれてた?」
「絶対そうだよ。”いたり屋”で、三ノ宮クンが、あの女置き去りにしていったの、何人か見てるんだよ。チャンスだって!」

 グルグルとネガティブな思いが頭を回る中、不意に聞こえた声に、私は、思わず、自分の部屋の鍵を開けて身を隠してしまった。
 けれど、エレベーターではなく、非常階段からの声を不審に思い、そっと顔を出す。
 すると、女性二人が、江陽の部屋の前で、そわそわしながら中をうかがっているのが見えた。

 ――……あれ……この前の……?

 江陽が転勤してきて早々に、ストーカーまがいに部屋を突き止めていた、あの時の女性社員二人だ。
 けれど、私は、その会話の方に、気が逸れてしまった。

 ――……フラれた……?

 ”いたり屋”は、この前、片桐さんと行ったレストランだ。
 ――そして、江陽が置き去りにしたというのは――


 ――……聖?


「もう帰ってるかな。早退したって聞いたけど」
「インターフォン鳴らそうよ。具合悪くて寝てるとかじゃない?」
「お見舞い的な?何も無いけど?」
「良いじゃん、そんなのー」
 呆然としていると、そんな会話が耳を通り過ぎる。
 けれど、その内容が脳内に到着した途端、怒りが湧いてきた。

「――あの、具合悪いってわかるんなら、押しかけるのは迷惑ではありませんか」

「「え?」」

 思わず、彼女たちの前に出てしまい、一瞬だけ後悔するが、やはり放っておけない。
 私は、怯みながらも口を開いた。
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