大嫌い同士の大恋愛
 現れた壮年の長身瘦躯の男性――社長、と、呼ばれたその人は、部屋に入ると私達の方へ視線を向けた。

 ――正確には、江陽へ、と。

「ああ、こちら、サングループ社長の三ノ宮さんだ。さっき話してたら、今日、コラボ企画の顔合わせだって言うからさ、様子見にね」
 あっさりとウチの社長が言ったので、こちら側は、いつものコトか、と、一斉にうなだれる。
 しかし、向こうは大企業のトップ。
 いくら何でも、社長自ら視察に来るとは、思ってもみなかったのか。
 目の前のサングループの方々は、完全に硬直していた。
「気にしないで、どうぞ、話を進めてください」
 江陽の父親――三ノ宮社長は、そう、淡々とうながすが、場が和むはずも無く。
「あ、あの、社長、さすがに急な同席は……」
 神屋課長が、気まずそうにウチの社長に言うと、笑って返された。

「気にしない、気にしない!三ノ宮さんは、息子さんの様子が気になっているだけだからねぇ!」

「な、七海(ななうみ)さん!」

 さすがに慌てた三ノ宮社長は、チラリとこちらを見やり、だが、あきらめたようにため息をついた。

「――愚息が、お世話になっております」

「え、あ、いえ、こちらこそ……」

 神屋課長は、呆けながらもうなづき、そして、江陽へと視線を向けた。
 それにつられたのか、部屋の全員の視線が、ヤツへと向けられる。

「――……こ、江陽……」

 私は、真っ青になったヤツをのぞき込み、小声で呼ぶ。
 すると、我に返ったのか、勢いよく立ち上がった。

「――……何で、こんな当てつけのようなコトしやがる」

 絞り出すような恨み言に、三ノ宮社長は、淡々と返す。
「別に、そういう訳じゃあない。お前が、きちんと仕事ができているか、七海社長に伺ったら、直接見た方が早いと言われてな」
 ――ああ、すべては、ウチの社長のせいか。
 若干、江陽に同情してしまうが、それどころではない。
 ヤツは、ギリ、と、歯を食いしばると踵を返し、社長たちの脇をすり抜けて出て行った。
「こ、江陽!」
 私は、思わず立ち上がり、ヤツを呼ぶ。
 すると、それに反応した三ノ宮社長に声をかけられた。

「――キミが、”羽津紀さん”?」

「え」

 ギクリ、と、肩を震わせ、顔を向けると、どこか江陽に似た顔立ちで微笑まれた。
「こんな場で言うのも何ですが――江陽が、昔から、大変ご迷惑をおかけしていたようで」
「え、あ、いえ、あの……」
「妻から事情は聞いております。謝罪は、後日、正式に」
 その仰々しい言葉と態度に、全員の視線が私に向けられ、慌てて首を振った。
「そんなものは、必要ありません!――どうか、お気になさらず……」
 けれど、三ノ宮社長の視線の強さに、徐々に言葉は小さくなっていく。
 さすがに、全国一、二を争う会社のトップ。オーラに押されてしまう。
 私は、どうにか頭を下げ、続ける。
 視界に入れなければ、何とか乗り切れるはず。

「申し訳ありませんが、もう、終わった話です。それに、ここは会社で、今から会議の場です。完全にプライベートを持ち込まれても、正直、困りますので」

 そう一気に言い切り、顔を上げると、驚いた表情の三ノ宮社長と目が合った。

 ――あ、マズかった?

 一瞬迷ったが、もう、口に出した言葉は戻らない。
 これで、逆鱗に触れたら、転職も考えようか。
 そこまで頭を巡らせていると、彼は、あっさりと引き下がった。
「それもそうですね。――申し訳ありませんね、余計な事を」
「あ、いえ」
「じゃあ、企画の方、頑張ってください。期待してますからね」

「ハ、ハイッ!」

 その言葉に、全員が立ち上がり、頭を下げる。
「まあ、そういう事で、お邪魔したねぇ。爺は退散するから、後は、若い人達で頑張ってくださいな」
 ウチの社長は、そう言って笑いながら、飄々と三ノ宮社長の後を追って行く。
 残された私達は、しばし呆然としたものの、どうにか気を取り直した神屋課長が、その後仕切り直し、初回の会議は、何とか滞り無く終了したのだった。
< 72 / 143 >

この作品をシェア

pagetop