大嫌い同士の大恋愛

「羽津紀っ――!!!」


 意識が無くなる寸前、名前が呼ばれたと思ったら、急に新鮮な空気が気管に入り込み、私は、むせ込みながら身体がよろめく。
 それを、軽々と受け止められ、ボンヤリと顔を上げれば――

「……こ……う、ちゃ……」

 無意識に昔のように呼んでしまったが、私を片手で支え、片膝をついた江陽は、ギリ、と、歯を食いしばり、目の前の女性をにらみつけた。

「江陽くん!」

「テメェ、羽津紀に何てコトしやがる!」

「だって、この女、江陽くんを弄んでるじゃない、他にオトコいるクセに。だから、江陽くんの代わりに、あたしが、罰を与えてあげるの」

「――は?」

「かわいそうな江陽くん。でも、あたしが、いるからね」

 ニッコリと微笑む彼女を、江陽は、青くなった顔でにらみつける。
 そして、マンションの入り口に視線を向けた。

「聖、警察に電話しろ」

「――う、うん」

「え」

 私が顔だけ向ければ、同じように――いや、江陽以上に真っ青になった聖が、震える手でスマホをバッグから取り出そうとしていた。
「ひ、聖、やめて……」
「何言ってんだ!お前、殺されそうになったんだぞ⁉」
「そ、そうだよ、羽津紀!」
 二人で私に食ってかかってきたが、それに首を振って返した。
 間近で見た彼女には――見覚えがあったから。

「……あなた……確か……ウチの会社の……人事の(ヒト)、でしょう……?」

「「――え」」

 ギョッとして彼女を見た聖が、あっ、と、声を上げた。
「――人事二課の……立岩(たていわ)さん……⁉でも……前見た時、もっと派手な印象だったけど……」
 大した接点は無かったが、同じ社屋だ、すれ違う事もある。
 何となく、以前と雰囲気が違っていてわからなかったが、口元のほくろが印象に残っていたのだ。
 それに――

「……あなた、社宅の管理担当だったでしょう……」

 ――それなら、最初から、不自然な江陽の配置も納得できる。
 男性しかいないマンションに、女性が立っていれば、見とがめられるかもしれないが、女性専用なら違和感は無い。

「職権乱用って言いたいの?別に構わないでしょう、実際、男性寮は満杯だったんだし」

「――オレのスマホの番号も、盗み見たのか」

 私を抱きかかえたまま、彼女を見上げた江陽が問いかけると、彼女は、ニコリ、と、不気味に微笑む。
「緊急連絡先よ?必要があれば、確認するわよ」
「――……完全に、私用だろ」
「でも、他の人も見てるわよ?ウチのデータ管理、結構甘いから」
 その言葉に、先日の女性二人の事を思い出す。
 彼女たちも、盗み見た、と、言っていたではないか。
 江陽は、私を抱く手に力を込める。
 それは――この状況が、警察沙汰になる事のリスクを理解したからで。
 そんなヤツの態度に、立岩さんは、すぐに気づき微笑む。
「ホラ、わかるでしょう、江陽くん?この女の言うように、警察沙汰になったら、会社のダメージは相当よ?」
 そう言って、勝ち誇ったようにクスクスと笑い出す。
「テメェッ……!」
 立岩さんは、一人、悦に入り、私達のそばを平然と通り過ると、マンションから出て行った。
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