大嫌い同士の大恋愛
 去って行く立岩さんを、全員が背筋を凍らせ、見送る。

「――う……羽津紀、大丈夫?」

 聖は、戸惑いながらも、江陽に抱きかかえられたままの私のそばに来ると、ひざをついた。
 そして、涙目で、私の手を握る。
「……え、ええ。……聖の方こそ、大丈夫なの……?」
「アタシなんて、どうでも良いんだよー!羽津紀、首絞められてたんだよ⁉」
「でも、アンタ、そんな場面見たんでしょ。トラウマになっちゃうじゃない」

「羽津紀のバカ!」

 そうぶった切られ、私は、目を丸くした。
 聖は、涙を流しながら、抱き着いてくる。

「ひ、聖?」

「アタシのコトより、自分のコトでしょ⁉――羽津紀、いっつも、アタシのコトばかり優先して……こんな時くらい、怖かった、って言ってよぉ!!!」

「――聖」

 私は、江陽の腕を外すと、号泣する聖の、泣いていても綺麗な顔を両手で包んだ。
「――ありがとう。……私は、大丈夫だから、ね?」
 まるで、妹をあやすように、微笑んでみせる。
 聖は、止まらない涙をそのままに、私を見つめる。
「……ホントに、ホントに、大丈夫なの?」
「――ええ。だから、アンタは泣かないでよ。せっかくの美人が台無しでしょう」
「……アタシは、泣いてても、美人だから大丈夫だよぉ」
 そう無理矢理笑って軽口をたたくと、聖は、私から離れて目をこする。
 せっかく綺麗にまつ毛を整えていたマスカラが、容赦なくにじんでいるが、それでも、彼女の美貌は損なわれない。
 それは、心の綺麗さが、そうさせているんだろう。
「ああー、マスカラ、グチャグチャだ……って、あ!江陽クン、見ちゃダメだからね!」
 我に返った聖は、両手で顔を隠し、立ち上がる。
「大丈夫よ、聖。この男に、そんな繊細な感性は無いから」
「おい、羽津紀」
 私も、少々よろめきながらも立ち上がろうとするが、すぐに、江陽に抱きかかえられ、そのまま持ち上げられた。

「――こっ……⁉?」

 俗に言う”お姫様抱っこ”というものを、この歳で経験するとは。

 そんな現実逃避が始まりそうになるが、当の江陽は、顔をしかめて言った。
「おい、首絞められた直後だぞ。酸素が身体に回り切ってないんじゃねぇのか」
「……知らないわよ、そんなの」
 そもそも、こんな経験自体、初めてなのだ。
 ――まあ、あってたまるか、とは思うが。
「それより、警察沙汰は避けてぇかもしれねぇが、会社には報告だ」
「え、い、良いわよ。――大体、原因は、アンタでしょ」
「オレは何もしてねぇ」
「わかるものですか。前の彼女達みたいに、知らないうちに、フラグ立てたんじゃないの」
「――それでも、お前がこんな目に遭って良い理由にはならねぇ」
 私は、頑として譲らない江陽を見上げる。

 ――ああ、本気で怒っている。

 今まで、私とやり合っていたような、どこか、手加減したような怒りではない。
 心の底から、怒りが湧いている。
 コイツのそんな感情が、一目でわかってしまう自分も、どうかしているんだろうか。

「羽津紀、江陽クンの言うとおりだよー。コレで終わりじゃないよ、きっと」

「――でも」

 聖は、言いながら、自分の身体を抱きかかえるように身震いする。
「聖?」
「――……あのさ……立岩さん、確か、結構派手目なカッコの人だったんだよ。――でも……さっき見た時、まるで、羽津紀みたいに見えた……」
「――え」
「もしかしたら、江陽クンが羽津紀を好きだって知って――マネしてるのかも……」
「そんな……バカみたいな事、ある訳……」
 私は、緩々と首を振って否定する。
 こんな女の真似なんてして、何のメリットがある。
 そう思ったが、聖は強い口調で続けた。
「だって、好きな人の好みがそうだってわかったら、同じにしたくなるのもわかるよ。……それだけで、好きになってもらえるとは思わないけど、何かの、きっかけにはなるかもしれないじゃない」
 恋愛に関しては、私に聖ほどの経験値は無いので、そこは素直にうなづいた。
「だから、そこまでするって、相当入れ込んでるコトだと思う。――江陽クン、本当に、心当たり無いの……?」
 聖は、眉を寄せ、江陽を見上げる。
 けれど、それにヤツは、首を振って返した。
「――悪い。この前のヤツ等みてぇな、直接の接触をした記憶は無ぇな」
「……そっか」
 江陽は、私を抱え直すと、エレベーターに視線を向ける。
「聖、そろそろ部屋に帰るぞ。――いつまでも、羽津紀をこのままにしておけねぇ」
「うん、そうだね」
「だ、大丈夫、私は一人で――」
 二人でうなづき合うと、私の意見を完全にスルーし、すぐさまエレベーターに乗り込んだのだった。
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