大嫌い同士の大恋愛
 それから三十分ほど。
 姿見の中の自分に――思わずギョッとしてしまった。

 まるで、別人。

 白のカットソーに、細かい柄の入ったスカート。
 いつもの地味な服でも、聖が選んだ時点で、ハイセンスに見えてしまう。
 彼女が貸してくれた、おしゃれなデザインのスカーフやベルトも、その一因だろう。
 メイクも、服に負けないように、いつもよりしっかり、そして、髪までアレンジ。

 ――ああ、こういう事をしているから、支度に時間がかかるのか。

 妙に納得していると、聖は、私を後ろからのぞき込み、満足そうにうなづいた。

「羽津紀、キレーイ!我ながら、良い仕事したわー!」

「……そんなに、張り切らなくたって……」

 そもそも、痕を隠すために、スカーフを貸してもらえれば良かっただけなのに。
 けれど、聖は、ムスッとして首を振った。
「ダメ!泣き寝入りなんてさせないから!」
「だから、通報はしないってば」
「そういうんじゃなくて!羽津紀、地味なカッコばかりしてるから、あんな女につけ上がらせちゃうんだよ」
「――別に、外見は、関係無くないかしら」
 大体、その”地味なカッコ”は、自ら選んだものなのだ。
 聖のように、見目が良い訳じゃないんだから、相応に大人しくしていないと、痛々しいだけなのに。
 そう続けようとしたら、彼女に先を越された。
「違うよ!羽津紀は、宝の持ち腐れなんだよ!ちゃんと、おしゃれしたら、こんなに綺麗にできるのに」
「――アンタだけよ、そんな風に言うのは」
 その言葉がお世辞に聞こえないのは、聖という人間を知っているからだ。
 だからこそ、眉を下げてしまう。
 彼女が本気でそう思っていても、世間一般は、そうは見てくれないのに。
 私は、ため息をつきながら、憤っている聖に尋ねた。
「――まあ、でも……この先、ずっと、コレは無いわよ……ね……?」
 とてもじゃないが、毎日は続けられない。
 だが、聖は、あっさりと返す。
「羽津紀も、頑張ってみようよ!おしゃれ雑誌なら山ほどあるし、アタシも教えてあげるからさ!」
 その返しに、うなだれる。
「……別に良いわよ……。……アンタと違って、いじったところで、たかが知れてるんだから」
「羽津紀」
「――……まあ、痕が消えるまでは、夢見させてもらうわよ」
 このままじゃ、拗ねてしまうかと思い、ほんの少し譲ってみる。
 どうせ、二、三日で消えてくれるだろう。
 すると、聖は、私の言葉に、見惚れるほどの満面の笑みでうなづいた。


 聖と二人で部屋を出ると、目の前で江陽が、マンションの外に視線を向けながら立っていた。
 そして、私達に気づくと、そのまま挨拶する。

「――おう、出るか」

「おはよう、江陽クン!」

「……おはよう。……昨日は、どうも」

 何だか、視線を合わせるのが、むずがゆくなる。
 けれど、江陽は、外を見下ろしたままだ。
「……まさか、昨日の今日でいねぇとは思うが――一緒に行くぞ」
「え、いいわよ」
「また、何かあったら、どうすんだよ」
 気持ち、強めの口調で言われ、口を閉じる。
 ――心配してくれるのは、ありがたいが――そもそも、アンタが原因でしょうに。
 そう思ったのが伝わったのか、江陽は、眉をよせながら、私を振り返り――硬直した。

「……江陽?」

「え、あ、いや――……別に……」

 すぐに視線を逸らすと、江陽は、そのままエレベーターへと歩き出した。
 すると、聖が、ニヤニヤと含み笑いをしながら江陽に言う。
「あ、江陽クン、見惚れちゃった?今日はね、アタシがプロデュースしたんだよー!」
「ひ、聖‼」
 ――この小学生男子に、そんな機微なんて、ある訳無いでしょうに!
 江陽は、苦々しく振り返ると、聖に押し出された私を、改めて見下ろす。

「……な、何よ」

「――……いや……その、まあ、似合ってるんじゃねぇの」

「え」

 それだけ言うと、グルリ、と、顔を背けた。
 ――けれど、かろうじて見えた耳から首にかけて、真っ赤に染まっている。

 ……照れてるの……?

 ――コイツが?

 そう認識した途端、心臓が跳ね上がった。
 ――ヤダ、やめてよね。
 今までのコイツからは、考えられない言動を、消化しきれない。

「――もう、いいから、行くぞ。遅刻する」

 そう言って、私の視線から逃げるように、江陽はエレベーターのボタンを押した。
< 82 / 143 >

この作品をシェア

pagetop