大嫌い同士の大恋愛
「……おはようございます、課長……」

「おう、おはようさん、名木沢クン。――どうしたのかな、いつもよりめかし込んで。終業後にデートかな?」

 私は、席に着きながら、眉を寄せ、デスクにいる神屋課長をにらみつけた。
「――セクハラ事案で報告上げてもよろしいでしょうか」
「冗談が通じないなぁ、ホント。――まあ、失言だった。ゴメンね」
「次は、報告しますよ」
「ハイハイ。でも、まあ、綺麗になったもんだね」
「え」
 ニコリ、と、口元を上げた課長は、世間話をするように、そう言って、パソコンに視線を移した。

 ――まさか、課長にまで言われるとは。

 企画課の部屋にたどり着くまでに、浴びた視線の多さに、内心疲弊していた。

 ――私が、一体、何をしたというのだ。

 聖は、あっさりと、綺麗だからだよー、と、言い放ってくれたが。
 それを信じ切れるほど、私は、自分に自信がある訳ではないのだ。

 ――そして、疲弊の原因は、もう一つ。

 視線を、四班のエリアに向ければ、先ほど、爆弾発言をしてくれた片桐さんが、何事も無かったかのように、班員の報告を聞いていた。

 ――結婚前提なんて、聞いてもいないんですが⁉

 ギョッとして固まっている私を置き去りに、にこやかに、先に行くね、と、彼は社屋に入って行ったのだ。
 聖は、ニヤニヤと、私をのぞき込むし、江陽は、不機嫌なオーラを隠そうともしなかった。
 その江陽は、自分の席に着くなり、班長に、休んでいた分を取り戻すかのように質問を浴びせ続けている。

 ――あの時――江陽を振り返る事ができなかった。
 ――ヤツが、どんな表情(かお)をしていたのか――見るのが、怖かった。

 自分で、片桐さんに付き合ってくれと頼んだくせに。
 ――……彼は、本当の彼氏になれるように、押していくって言っていたのに。


 ――何で、私は、他人の気持ちを軽く考えてしまうんだろう。


「名木沢クン、ちょっと良いかな」

「え、あ、ハイ」

 思考が逸れかけた辺りで、課長に呼ばれ、我に返る。
 そして、今は仕事、と、頭を軽く振り、席を立った。


 コラボ企画の打ち合わせは、基本的に週末に行われる事となった。
 進捗状況によっては、増えるかもしれないが、今は、まだ、様子見といったところらしい。
 ひとまず、江陽を説得するまでに時間がある事は、ありがたかった。
 何だか、本来の目的を忘れてしまいそうだが、課長に頼まれているのだ。

 ――あの、父親との、あからさまな確執を隠そうともしない、ヤツの機嫌を取らなければ。

 その前に、自分が、あんなとんでもない目に遭うなんて、思ってもみなかったけれど。
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