大嫌い同士の大恋愛
「それで――解決策としては、会社に報告上げて、解雇してもらうくらいしか、考えられないけれど――」
 ようやく、出したお茶に全員が手をつけて、それぞれ考えてはみたが、結局、片桐さんの言うような対応しか取れないという結果に落ち着いた。
 江陽には悪いが、個人的な(ストーカー)問題に会社が介入もできない。
 けれど、私に対しての実害に関しては、何か処罰ができるのではないか。
 三人の間で、そう結論づけられたが、私は首を縦には振らない。
「ですから、私が訴えた時点で――まあ、会社が信じるかどうかは別として、コラボ企画自体、頓挫するのは目に見えています」
「それは――」
 片桐さんは、言いかけて言葉を切る。
 彼が、一番理解できるからだろう。
 私は、更に続ける。
「人の口に戸は立てられませんから、向こうの耳に入るのは時間の問題でしょう。そんな人間がいるような会社と、仕事をしたいと思う訳がありませんよ」
「でも、羽津紀、このまま泣き寝入りするの?また、あの女が来たら、どうするの?」
 聖は、真剣に私を見つめながら、眉を寄せる。
「――まあ、しばらくは、気をつけながら帰るくらいかしら」
 まるで、他人事のように口にしてしまうが、もう、それくらいしか対応のしようがない。
「でもよ、いつ終わるかもわからねぇんだぞ」
「良いわよ。アンタが出しゃばったら、余計に危険だし」
「――……っ……」
 そもそもの原因はアンタだろうに。
 そう言いたかったが、本人に自覚は無い以上、不本意には違いないし、それで責めるのも筋違いだろう。

 ――悪いのは、勝手に恨みを募らせた彼女なのだから。

「じゃあ、アタシ、羽津紀から離れないようにするよ」
「聖、アンタの方が危ないでしょ。やめなさい」
 私一人なら、何とでもなるだろうけれど――万が一、大事な親友の聖に何かあったら、私は自分が許せなくなる。
 そう告げるが、聖は首を縦には振らない。
「聖」
「狙われてるのは、羽津紀の方でしょ⁉」
「でも、アンタも、江陽の恋人っていう立場じゃないの」
「アタシは、振られたって言ったじゃない!」
「そんなの、気の迷いよ!」
「違うってば!江陽クンは、羽津紀じゃなきゃダメなんだってば!」


「私は、大嫌いだって言ってるじゃない‼」


 売り言葉に買い言葉――という訳でもないが、滑り落ちた言葉に、場が凍った。
 私は、一瞬、気まずさを覚え、チラリと隣に座っていた江陽を見やる。
「……羽津紀」
「……何よ……。……私は、最初から、そう言ってるわよ」
 いつものように、口ゲンカに入っても良いように臨戦態勢になるが、江陽は、そのまま立ち上がった。


「――わかった」


「え」


 肩透かしを食らい、ヤツを見上げる。
 直角に顔を上げても、その表情は見えない。
 けれど――雰囲気は、いつもと違う。
 それだけは、わかった。


「――……もういい」


「――……こう……よう……?」


 戸惑う私を、江陽は、冷たく見下ろす。
 ――そんな視線は、初めてで。



「――オレも、お前のコト、大嫌いになってやるから」



 それだけ言うと、ヤツは、私の部屋を静かに出て行った。
< 88 / 143 >

この作品をシェア

pagetop