大嫌い同士の大恋愛
 週も明けて、月曜日。
 朝一番から、隣の部屋の住人の気配をうかがいながら、出勤時間を調整する。
 万が一にも、顔を合わせて、その上、会社まで同じ道を歩くなんて、絶対に嫌。
 私は、玄関を出ると、チラリとドアの向こうをうかがい、ホッと、息を吐く。
 そして、反対の聖の部屋のインターフォンを鳴らすと、ドアの前で待った。
 彼女は、大体私よりも一時間ほど遅く起き、その見目の良い姿を保つため、非常に時間をかけて支度をするので、出勤時間ギリギリまでかかるのだ。
 それを、学生のように迎えに行くのが、この三年間の日課になっている。

「ゴッ、ゴメーン、羽津紀!ちょっと、時間かかっちゃってー!」

「いつもでしょうが。ホラ、行くわよ」

「待って、待ってー!」

 ヒールの高い靴を履きながら、バッグを抱え、聖が出て来る。
「ホラ、鍵貸しなさい」
「わーん、ありがとー!」
 手から落ちそうになっている鍵を受け取り、部屋の鍵をかけると、聖は、ようやく一息ついたようだ。
「アンタ、ご飯食べたの?」
「うん、ミックスジュース飲んだよー」
 そう、呑気に言う彼女の頭を、軽く背伸びして小突く。
「それは、食べたうちに入らない」
「でも、栄養はあるよー?」
「固形物を食べなさい、と、言ってるの」
「時間無いんだもんー」
 まるで、親娘(おやこ)のような会話に、心の中で苦笑いしながらも、放っておけないのだ。
 私達は、何やかや話しながらも、歩いて五分の勤務先に到着したのだった。


 始業時間十分前に到着でき、ひとまずホッとする。
 私は、エレベーターのボタンから押しながら、聖に声をかけた。
「お昼は、いつもの場所?」
「うん。席とっておくからー」
 それにうなづくと、私達は、下りてきた箱に乗る。
 聖は、二階、総務部。
 私は――五階。

 ――企画課 課長補佐。

 二年前に、何故か引っ張って来られた私の、今の立場である。

 聖と同じ総務部だった私は、ある日、休憩室で自社製品の試食をしていて、彼女と話していただけなのに――企画課長に目をつけられてしまい、挙句、二年目にして、役職をもらうというトンデモ人事に巻き込まれたのだ。

 エレベーターから下り、早足で廊下を歩く。
 すれ違う人は、いない。
 私は、数歩で、右側の部屋のドアを開けた。

「おはようございます」

「おはよ、ちょうど良かった」

 自分の席に着こうとすると、企画課長――神屋(かみや)課長が、私を手招きした。
 既に、企画課二十二人、私の他は、全員が揃っていて、席に着いている。
 その間を通り、課長の前にたどり着くと、そこにいたもう一人の姿を見て、私は、硬直した。

「コレで全員揃ったな。今日から、企画課(ウチ)に、関西支社から異動になった三ノ宮(さんのみや)江陽(こうよう)くんだ」


「三ノ宮です。関西営業部から異動してまいりました。よろしくお願いいたします」

 ざわつく部屋の中、一人、青くなった私をよそに、目の前の男――あの、居酒屋で口論し、隣の部屋に引っ越してきた男は、にこやかな笑顔を振りまいた。

 ――だが、問題は、そこじゃなかった。


「――……さ、さんの、みや……」


 震える声でポツリとこぼすと、それを目ざとく――いや、耳ざとく、ヤツは拾った。

「――よお、一昨日ぶり」

 ニヤリと口元を上げ、私を見下ろすと、そう、厭味ったらしく言う。
 だが――呆然としたままの私に気づき、眉を寄せた。

「ああ、軽く紹介していくな。こちら、課長補佐の名木沢(なぎさわ)羽津紀(うづき)クン。若いが、仕事は確かだから――」

 すると、ヤツは、すぐに顔色を変え、叫んだ。


うーちゃん(・・・・・)!!??」



「黙れっ、こうちゃん(・・・・・)!」



 お互いに、名前を聞き、一瞬で過去に引き戻された。


「おや?何、キミたち、知り合い?何か、仲良さそうだな」


「「違いますっ!!!!」」


 ハモリながらも反論。
 ――それすらも、理由になってしまう。

「じゃあ、ちょうど良いかな。名木沢クン、彼の指導係、よろしく。三ノ宮くん、他のメンバーも紹介するな」

 課長は、華麗にスルーをすると、にこやかに企画課の紹介を続けたのだった。
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