大嫌い同士の大恋愛
20.やりましょう、同棲
 目の前の片桐さんは、平然と、いつもの会話をするように――穏やかに、とんでもない事を口にしてくれた。

 ――……は……?? 

 ――同性?同姓??

 思わず、同音異義語が頭を回るが、彼に真っ直ぐな視線に、すぐに、正常に”同棲”と変換された。

「え、あ、の……今、何を……」

 動揺を隠す余裕も無く、私が、彼に聞き返すと、まるで、今日の天気を口にしているように、平然と返される。

「だから――一緒に住もう、と、提案しているんだけど?」

「――……っ……!!??」

 私が硬直していると、片桐さんは、苦笑いで続けた。

「三ノ宮くんが、ああなった以上、彼を当てにはできないし――何より、立岩さんは彼のストーカーだ。今以上に羽津紀さんが近くなってしまったら、今度こそ、刃傷沙汰だろう?」

「で、でも、あの……」

「僕なら、キミと課も一緒だし、帰宅時間も合わせられる。せめて、神屋課長には事情を話して、融通を利かせてもらえば良いんじゃないかな」

 私は、呆然としたまま――だが、コクリ、と、うなづく。
 確かに、片桐さんの言う事も、わからなくはない。
 ――いや、わかる。
 今は、自分の身の安全と――何より、聖が巻き込まれないようにする事だ。
 社宅を出て同棲するなんて情報、人事なら、筒抜けになるはず。
「ちょっ……羽津紀⁉」
 すると、私がうなづいた事に、聖が驚いて肩を掴んだ。
「何考えてんの⁉このまま、なし崩し的に結婚なんてコトにされちゃったら、どうする気ー⁉」
「人聞きが悪いね、久保さん」
「悪いですけど、これまで見てきた片桐さんに、そこまでの信用無いですから」
「ハハッ、すごい言われようだね」
「羽津紀は、恋愛初心者どころか、まったくの赤ちゃんなんですー!言いくるめられたら、素直にうなづいちゃうんですからね!」
「ちょっと、聖!」
 ――アンタこそ、何言ってんの!
 私が、真っ赤になりながら聖の口を塞ごうとすると、片桐さんに笑われ、一時停止。
「そうかぁ……じゃあ、教えがいがありそうだね」
「……片桐さん」
 その言い方に、どこか含むところを感じ、思わずにらみつけてしまった。

「そういう言い方、いやらしい中年ジジイですー!」

 だが、聖は、もっと直接的に攻撃。
 すると、片桐さんは、目を丸くし、顔を伏せて笑い出した。
「――そうか、中年か。――いや、結構、グサリとくるね」
「片桐さん」
「ゴメン、ゴメン。――まあ、そこは気をつけるよ。それで、羽津紀さん――どうかな?」
 私は、チラリと憤りを隠さない聖を見やる。

 ――コレで、聖の無事が保障されるなら――。


「――わかりました。――やりましょう、同棲」


「羽津紀‼」

 血相を変えた聖を、私は、なだめるように抱き締めた。

「――アンタの生活も心配だけど、アンタを危険にさらすのも、私は嫌なの。……だから……ね?」

「何言ってんの!アタシだって、羽津紀が危険な方が嫌だよー‼」

 半泣きになりながらも、聖は、私を抱き返す。
「でも、泣き寝入りはしないから。――江陽を、あのままにしておくのも、寝覚めが悪いし」
「羽津紀?」
「――いくら嫌いだろうが、人として、放っておけないわよ」
 私は、聖を離すと、口元を上げた。
「大丈夫。アンタとは、会社で会えるし――親友なのは変わらない。隣同士でなくなるだけよ」
「……羽津紀ー……」
 いずれ、この社宅も出なければならない。
 年齢制限というものがあるのだ。

 ――単身赴任者をのぞき、一律、三十五歳までが利用可能。

 会社借り上げなので、家賃は安いし、何より職場とは目と鼻の先。
 希望者は尽きないが、部屋数が多い訳ではないから、定年まで住まわせる訳にもいかない。
 ある程度、生活の地盤ができる事を前提にした規定なのだ。
 だから、いつか、の話が、今出ただけ。
 聖だって、それはわかっているはず。

 ――でも、それは、それ、なんだ。

「アタシが、羽津紀と一緒に住むー!」

 まるで駄々をこねる妹達のように、聖は、首を振って泣き続けている。
 およそ、成人女性がやる事ではないが――彼女だから、許してしまう。

「あのさ、久保さん。キミも、手放しで安全という訳じゃないからさ」

 それを見かねたのか、片桐さんが割って入ると、聖は、キッと、彼をにらみつけた。
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